2006年09月

2006年09月30日

プラハの歴史

「黄金の都」「北のローマ」「ヨーロッパの音楽学院」「百塔の街」「建築博物館の街」がプラハを訪れた人々の印象である。東西南北のヨーロッパ文化の合流点に築かれたこの町には1200年の歴史の栄光と苦悩が深く刻まれている。それぞれの時代を表す美しく、あるいは力強い建造物が数多く残っている。プラハ自体が世界遺産に登録されている理由があわかる。 スラブ民族によって、プラハのヴルタヴァ(モルダウ)河畔に最初の集落が出来たのは6世紀後半で、9世紀末から10世紀初頭にかけて、西岸にプラハ城の前身、東岸にヴィシェフラト城が建てられ二つの城に挟まれた地が町として発展。973年にはキリスト教の司教座が置かれ、このころよりユダヤ人の入植が始まった。1346年、ボヘミアを統治していたカレル1世が神聖ローマ帝国皇帝に選ばれ、カール4世時代にプラハは神聖ローマ帝国の首都として黄金時代を迎える。カール4世によって多くの芸術家が招かれ、中欧最初の学問の府カレル大学や、カレル橋が造られた。   
 周辺諸国と地続きで、ヨーロッパ全土から情報が集まったプラハでは、ルターの宗教改革より約100年も早く、神学者ヤン・フスによるローマ教皇長に対する抗議が起こり、1415年、フスが異端の罪で火刑に処されると、フス派戦争が勃発する。15世紀前半、ドイツとオーストリアを中心に繁栄していたハプスブルク家の王がボヘミアを統治下に置くと、その軍門に下った。
 ハプスブルク家のルドルフ2世が即位した16世紀後半に、芸術や科学を庇護する王のもと、各国から芸術家や錬金術師、占星術師などが呼び寄せられ、プラハはヨーロッパ文化の中心都市となった。1618年、またもカトリック対プロテスタントの「30年戦争」が勃発。チェコの国土は荒廃し、以後カトリック化とドイツ化が進んだ。
 公式にはチェコ語を使うことすら許されなかった長い暗黒時代を経て、再び市民が立ち上がったのは、18世紀末から19世紀にかけてである。フランス革命を支えた自由と平等の思想やドイツ・ロマン主義の影響を受けたチェコの知識人達は、チェコ語の復権とチェコ文化の再生に情熱を傾けた。作曲家のスメタナが、音楽を通してチェコの民族的独立を促したのも、この頃のことである。
 第一次世界大戦が終結した1918年、ついにチェコスロヴァキア共和国が誕生。初代大統領にはチェコ人の父とスロヴァキア人の母を持つ哲学者マサリクが選ばれた。しかし隣国ドイツにヒトラー率いるナチス政権が誕生するや、チェコスロヴァキア共和国は解体される。第二次世界大戦後、ドイツ支配からは解放されたが、今度はソ連主導による共産化が進む。68年におきた民主化運動「プラハの春」も、ソ連や東欧諸国の軍事介入により挫折。民主化の実現は、89年の「ビロード革命」まで待たされる。革命以後、政権を異にしたチェコとスロヴァキアは93年に分離・独立を果たし、プラハはチェコ共和国の首都となった。 プラハの心臓部とも言える広場には、11世紀頃、ドイツやフランスなどと商業的関係の発展に伴い、教会や商人達の住居の土が建てられるようになる。広場を取り囲む建物群は、ゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式など、プラハの歴史に登場したほとんどの時代様式が混在している。ヴルタヴァ川にかかるプラハ最古の美しい石橋、カレル橋は14世紀後半から15世紀初めにかけて、カレル4世の時代にゴシック様式を用いて建築された。全長約520メートル、幅は10メートル近くもあり、両側の欄干に並ぶ30体の聖人像が目を引く。現在は音楽隊、ストリートパフォーマー、土産売りなどが並ぶ賑やかなスポットとなっている。プラハ城はヴルタヴァ川の西岸、丘の上からプラハの市街を見下ろす歴代の王の居城。名実共にプラハのシンボルであり、どこからでもプラハ氏の美しい眺めを堪能できる。城壁に囲まれた広大な敷地には、旧王宮、大聖堂、修道院などが建つ。その中でも聖ヴィート大聖堂のステンドグラスは大変美しい。チェコのビールの歴史は、紀元前3世紀頃にまで遡る。当時、この地にやってきたケルト人が自生する大麦を使ってアルコール飲料を作ったのがビール造りの始まりだ。 現在チェコには70ものビールメーカーがある。
http://kyoto.cool.ne.jp/doukyou_puraha/praha.htmより

yuji5327 at 12:36 
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十字架

fc12e6a2.jpgヨーロッパの歴史
4世紀以降十字架がキリスト教の信仰のなかで重視
キリストの受難の象徴
死に対する勝利
聖なる木
死を滅ぼしし矛
ローマ皇帝コンスタンティヌス1世の夢
十字架が勝利のしるし


yuji5327 at 11:45 
池上湖心の書 

2006年09月15日

論理でなく共感 3

ダニエル・ピンク著、大前研一訳「ハイコンセプト」三笠書房、2005年、は発想が面白い。著者と訳者の意気も合っており、訳者のあとがきなども読み応えがある。自民党総裁候補者の演説など聴くと、説得力があるのは論理ではなく共感であることに気がつく。年代、職業など聴く人の立場は様々であるが、耳障りの良い言葉の羅列だけでは票は集まらない。「共感」とは、相手の状況に自分を置き換えて考える能力であり、その人の気持ちを直感的に感じ取れる能力である。誰かの立場に立ち、その人の視点で考え、その人が感じるように物事を感じることのできる能力でもある。これは無意識のうちに行っていることであり本能的なものである。共感によって自己が形成され親子の絆が築かれ力を合わせて働くことができ、また道徳の基盤が作られる。偏差値教育で育ったエリートといわれる人は自分勝手な論理で薄っぺらに話す人が多いが、国民を説得するには共感し共感させる能力が大切である。
ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代


yuji5327 at 08:02 
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旅 3

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旅人
旅情
旅愁
旅食
旅路


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池上湖心の書 

2006年09月14日

海からの贈り物:EPAとDHA 3

彼谷邦光著:脂肪酸と健康・生活・環境、裳華房、1997にはEPA、DHAのことが分かりやすく書かれている。10年ほど前に地球温暖化防止関連の国のプロジェクトに関係していたときに、著者に講演をお願いしたことがある。CO2を固定した藻類の有効利用についてヒントを得るためであったと思う。そのときにもEPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)が人間の健康によいことの説明があったと思うが、本著書にも分かりやすく書かれている。デンマークのダイバーグ氏が最初に指摘したことは、グリーンランドの先住民イヌイットの人たちに心筋梗塞などの血栓性の疾患がほとんどないことであり、その理由は、EPAを多量に含む魚類を沢山摂取していることと関係があり、イワシ、サバ、サンマなどが有効ということである。その後の疫学調査で、リューマチ、虫垂炎、胆石、潰瘍性大腸炎、がん、にも有効との結果も報告されている。EPAやDHAの生産者を突き詰めていくと植物プランクトンになる。ラン藻類と緑藻類はDHA をもっていないが、紅藻類にはEPAが多い。珪藻類やハプト藻類にはEPAもDHAを含む。これらの植物プランクトンはオキアミなどの動物プランクトンの餌になり、動物プランクトン中に濃縮される。その動物プランクトンを餌にするイワシなどの小さい魚、それを餌にするカツオやマグロなどの大型回遊魚中に濃縮されていく。このような食物連鎖が行われている海は人間にも大きな贈り物を与えてくれる。
脂肪酸と健康・生活・環境―DHAからローヤルゼリーまで


yuji5327 at 07:04 
健康 

違反摘発 3

dfdf1221.jpg酒酔い運転
走る凶器
同乗者共犯者
飲ませた人
飲食店・店の人共犯者
厳罰


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2006年09月13日

乗り物の中で寝ている人の姿 3

日野原重明著「50歳からの「生きる」技術」朝日出版社:2002年には、日本人には耳の痛い話を随所に見られる。ほとんど的を得た話であり、日本を美しい国にしたいのならば、先ず、その耳の痛い話をなんとかしたいものである。高齢の日野原医師も電車やバスを利用することがあるらしく、客が寝ている姿は異様らしい。朝の通勤電車では10人中8人は居眠りしている。外国人がどうして日本人は朝から寝るのかと聞かれるそうで不思議な光景らしい。「治安の良さ」とか「無防備でも安心」だけの問題でもないようである。見知らぬ人の目の集まる公の場でのマナーという点では日本は後進国に思えるが、日本でも戦前はそのようなことはなかったそうである。座っている若者もいないし、立っているほうがスマートと思って、空席があっても座らなかったそうである。日野原医師が65歳のころチェコスロバキアという当時貧しかった国で地下鉄に乗ったときの話で、奥さんと二人で乗り込んだら、座席はいっぱいでしたが、すぐに6歳と8歳くらいの子供がすっと立って「どうぞ」と席をすすめたそうである。隣に座っていた母親に相談するわけでもなく、ましてや母親にそうしなさいと言われたわけでもなく、反射的にすっと立ったそうである。毎日の生活の中で生まれる習慣がこういう子供を育て、電車の中で居眠りなどしない美しい大人たちに成長していくのかもしれない。美しい国にするには3世代くらい掛かるのかもしれない。「美しい国:日本」と「醜い国:日本」を意識した政治も必要である。
50歳からの「生きる」技術―75歳以上の新老人を目指して


yuji5327 at 06:49 
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悠々と 3

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悠仁さま
悠久
悠長
悠然
悠揚
悠遠
白雲千載空悠悠:黄鶴楼
悠々自適


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池上湖心の書 

2006年09月12日

「老人」の年齢の決め方

日野原重明著「50歳からの「生きる」技術」朝日出版社:2002年に、「老人」の年齢について述べている。日本では、老人という定義は一般に65歳以上ということになっている。日本老年医学会という学会とうのが35年ほど前にできて、できた当時は会員も若くて最初は55歳以上と決めたというから、時代とともに変わる社会環境の変化の速さに驚かされる。それから10年くらい経ち自分たち自身が55歳以上になると、今度は60歳以上にしようと決め、次第に底上げされて現在は65歳以上となっている。年金や健康保険など後追いでどんどん改正されている。医師は科学者であるにもかかわらず科学的根拠を議論しないことに日野原医師も苦言を呈している。アメリカ人は中年を50歳くらいと考えているのに、日本人は40歳でも中年という言い方をする。日野原医師は老人の定義を75歳以上ときめている。きちんとした科学的根拠もある。1996年のデータで、65歳以上で介護を必要とする老人が25%、寝たきりの人が5%、約50%の人は仕事はリタイアしても普通の生活は可能で、残りの25%は心身ともに健康で社会にも貢献できる人たちである。65歳以上のひとの約75%はあるていど元気に暮らしているので「老人」という範疇にいれるのは早すぎるという持論である。アメリカでは65歳以上の人をシニア・シティズン(Senior Citizen)と呼び社会との関わりを大切に考えている。
50歳からの「生きる」技術―75歳以上の新老人を目指して


yuji5327 at 06:50 
健康 

涼風 3

306a621f.jpg残暑の中の涼風
納涼
涼味
荒涼

yuji5327 at 05:50 
池上湖心の書 
池上技術士事務所の紹介
261-0012
千葉市美浜区
磯辺6丁目1-8-204

池上技術士事務所(代表:池上雄二)の事業内容
以下のテーマの技術コンサルタント
1.公害問題、生活環境、地球環境
2.省エネ・新エネ機器導入
のテーマについて、
・技術コンサルタント
・調査報告書の作成
・アンケート調査・分析
・技術翻訳、特許調査
を承ります。
有償、無償を問わず
お気軽に下記にメールをください。
ke8y-ikgm@asahi-net.or.jp

工学博士、技術士(応用理学)、
公害防止主任管理者、
騒音防止管理者の資格で
お役に立ちたいと思います。

池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
・土曜会(グループ展)
 作品展を毎年10月開催
(於:銀座大黒屋)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
・読売書法展(現在理事)
 読売奨励賞
 読売新聞社賞
・謙慎展(現在理事)
 春興賞の受賞:2回
○書道教室
・学生:月曜日
・一般:火曜日、水曜日





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