2012年06月

2012年06月25日

呼吸する地球 3

呼吸する地球 (2)
岩清水に硝酸態窒素
雨と一緒に大気中の窒素酸化物が降る
リオ+20
リオデジャネイロ会議
地球の環境の限界
地球生態系への許容限度
野菜畑の過剰施肥
(読売新聞より)

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池上湖心の書 

少子高齢化のすすむ人間関係が希薄になっていく社会で、カウンセリングとコンサルタントとケアを担う商業が有望。 3

もうひとつの日本は可能だ
もうひとつの日本は可能だ
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「内橋克人著:もうひとつの日本は可能だ、光文社、2003年」の「2章:幻だった約束の大地」の「「一喜一憂資本主義」を超えて」は未来の日本の姿を示唆する興味深い内容である。印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.日本の本来の商業の復活とともに、疲弊している日本型自営業の再生は可能になる。中国、アジアへの工場移転、国内工場の閉鎖へ、とつづく奔流の中で地域産業、地場産業として頂点の座にいた地元大手がさっさと日本列島を離脱していく。そのトップ企業の傘下で生き延びてきたささやかな下請け、家内工業は、突然、明口からの仕事を失い、なす術もなく消えていく。
2.地域社会の就職の機会を奪われた高校新卒の若者にお構いなしの列島離脱礼賛論者が多い。そうした逆風にさらされながら、あくまで日本列島の「地ベタ」に固着しようとする人の器を大きくしている。
3、働くよろこび、作るよろこび、使うよろこびを分かち合う「ジャパンシェアリング」運動は知恵の奥行きの深さを伝えている。消費者には値段の安い品物を買って、それを「使うよろこひ」もあるが、この社会には、モノを「作るよろこび」もある。この「もうひとつのよろこび」「働くよろこび」を孫の世代に残すという見方も大切である。
4.生産者と消費者が一体となる「連帯経済」が今、ブラジルはじめラテンアメリカの国々、ヨーロッパ各国で大きな流れが起き始めている。フランスには連帯経済省という政府行政部門がきちんと存在している。日本でも大阪府泉大津では新しい「連帯経済」の思想を築いている地域もある。
5.地域産業とともに商業の復権によって、町の荒廃をも防ぐことができる。具体的には、たとえば、高齢者向けの商店街をつくることで、「手渡しの文化」を蘇らせ、にぎわいのある町を復活させたのが、良く知られる「お婆ちゃんの原宿」のキャッチコピーで高齢者に人気の東京・巣鴨のとげ抜き地蔵商店街である。また、島根県のある町では、高齢者が安心して散策に出られるように、と歩道の随所に椅子がある。ささやかな心の配慮や善意を示すことでも、人々がもう一度商店街へもどってくる、そう信じる店主の多い商店街には現実に人々が戻ってきている。
6.商店街全体にはまだ活気がもどったとはいえなくても、一軒一軒の店を覗くと、繁盛している店が必ず一軒や二軒はある。その店が繁盛している理由を観察すると、人と人との手渡しコミュニケーションを大切にしていることが分かる。店が地域住民に対して一種のカウンセラー役を果たしている。
7.医療相談、カウンセラーの役割を薬局が果たしていて、会話と質問で客は薬剤師から、安心というものを得ていることもある。観光地での商売は、観光客ばかり相手にしていてもそれで儲かるものですから、地域社会から分離してしまう。そうなると観光地の商店街ほど孤立し、地域社会に貢献していない代わりに何かあっても地域のサポートを得ることができない、という存在になってしまう。
8.少子高齢化のすすむ社会のなかで、また人間関係が希薄になっていく社会のなかで、どう生きていくのかといったとき、カウンセリングとコンサルタントとケアを担う商業が欠かせない。それが生きつづける街づくりである。


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2012年06月24日

一体改革波高し 3

一体改革波高し
やるべき行政改革をやらない
一体改革
官僚たちの保身のための
目くらまし一体改革
消費税増税のための
官僚シナリオは座礁
ハローワークに
天下り機構リストラ高給官僚を
見かけるまで
消費税増税は
あってはならない

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池上湖心の書 

キリスト教原理主義者は、聖書に書いてあることだけを信じれば人間は死なないはずと言う。そういうキリスト教原理主義者が今、アメリカにたくさんいる。 3

論理の方法―社会科学のためのモデル
論理の方法―社会科学のためのモデル
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「小室直樹著:論理の方法、東洋経済新報社、2003年」の「第5章:第3章マクス・ウェーバーにみる宗教モデル」の世界の宗教についての分析が面白い。印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.古代において偶像神はどこにでもいた。古代人に無形なものを崇拝しろといっても難しかった。インディアンの物神トーテムポールのように、何らかの偶像をつくりそれを崇めさせたというのが古代の宗教である。
2.ヤハウェの神は、偶像は単なる物であって、神とは一切関係ない。こんなものをつくってはならないと断言している。偶像は何の力もない、呪術も持たなければ魔法の力もない、と絶対的に偶像を禁止した。これが宗教合理化の発端だった。
3.「旧約聖書」を見るとイスラエルの預言者は、ほかの宗教の偶像神を片端から否定している。偶像神は神のように見えるだけであって単なる物であると明快な説明をしている。これは宗教としては大変なことである。現在でも日本ではいろいろな物を持ってきて拝んだりする人かいるが、3000年も昔にイスラエルの預言者はそれはいけないこととしている。
4.神様はただ一つの人格神がいるだけであって、物をもって神様にするのはいけない。そんな人格的唯一神はどこにいるのか、どんな姿をしているのか。「旧約聖書』を見ると、その絶対的唯一神は初めの頃はしばしば地上に現れてきて人間と接触している。『創世記』には多く見られる。『旧約聖書』では神と人間が並んで歩いたとか神はこういう風に語りたもうたなどと言う事が多く見られる。
5.神様が親しく現世に降りてきて人間と接触するというのは、「旧約聖書』である『創世記」や『出エジプト記』とその少し後までである。イエス・キリストの時代になると、「福音書』には「神様が出てきてイエス・キリストと語りたもうた」などということは一切書いていない。神というのは人格神だけれども、抽象的存在になっている。イスラム教にも「アッラーが地上に降りてきたまいて人間と語りたもうた」などという記述はない。
6.古代ユダヤ教について、内村鑑三は一神教の実に恐るべき特徴といって驚いていることは、原罪という概念である。人間には原罪があり、人間はすべて生まれながらの罪人であるという概念である。これは儒教とも仏教とも非常に違う。原罪という思想は古代イスラエル人の宗教に発しているが、これがキリスト教において大発展を遂げている。しかし、イスラム教にはない。
7.この原罪という思想から、近代デモクラシー、近代資本主義、近代国家が出てくる。イスラム教からはそういうものは出てこない。原罪とは何か、どこから出てきたのか、それは「創世記」のなかのアダムとイブの話で示される。
8.神様はエデンの園という素晴らしいところにアダム(男)とイブ(女)を置きたもうた。ただし知恵の木の実だけは食してはならないと厳命したもうた。ところがヘビに唆されて、イブはアダムと一緒に知恵の木の実を食べてしまう。神の厳重な命令に背いたので、これが人間の原罪となると言う話である。
9.原罪というのは根本的であって、これに比べたら人間のその他の罪などはたかが知れている。原罪によってアダムとイブは楽園から追放になりやがて死ぬべく運命づけられた。これが「旧約聖書」の一番最初に書いてある。しかし驚くべきことに、あの膨大な「旧約聖書」のなかに原罪の話はその後は出てこない。
10.原罪の思想を復活させたのは、キリストの使徒のパウロ(福音伝道者)である。ユダヤ教では忘れられてしまっていた「人間は何故死ぬのか」がキリスト教の根本的な思想になった。仏教では、人間は死ぬべく決められているから死ぬという。これに対してキリスト教では、人間は本来永遠に生きるものだ。ところが、罪を犯したからその罰則として死ぬという。イエス・キリストは身をもって原罪を贖いたもうた。もしイエス・キリストが、人間の原罪を死をもって贖ったと言うのであるならば、人間はもはや死なないはずである。
11.キリスト教原理主義者は人間は死なないと言っている。「もしあなたが本当に敬虔なるクリスチャンなら、『聖書』に書いてあることだけを信じなさい。そうすれば人間は死なないはずです」と言う。そういうキリスト教原理主(ファンダメンタリスト)が今、アメリカにたくさんいる。


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2012年06月23日

引き算の知恵 3

引き算の知恵
ホテル経営の難しさ
百マイナス1はゼロ
ホテルのサービス
部屋の清潔さ
レストラン接客
洗濯の仕上がりなど
100のサービスで
1つでも不満が出たらゼロになる
自動車、電機製品は
100マイナス1が101になる
無駄な機能を省いて
コストダウンで新興国で競争力向上
引き算の効用
引き算の知恵
格安航空会社の経営
シンプルがベスト
(読売新聞2012.6.18より)

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池上湖心の書 

大企業の56.6%は海外利益の国内還元を優先してきたが、今後も国内優先は42.9%に減少、逆に海外再投資優先とする企業が16.2%から31.8%へ上昇している。 3

6月22日付けの大前研一さんのニュースの視点は『無借金経営とJAL再上場 〜企業の成長を考える』と題する記事である。これからの日本の企業の経営のありかた、特に海外への投資について示唆に富む内容である。概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1.日本経済新聞社の調べによると、上場企業の半数が2011年度末で無借金となり、社数、比率がともに2年連続で過去最高となったことが明らかになった。かつての日本企業は借金をすることで同時に成長するという方法を採ってきた。企業の成長機会がなくなれば、借金をする必要もなくなり、無借金となったということである。
2.日本企業の株主資本配当率が伸びている点も注目すべきである。銀行金利が1%台であるのに対して、株主資本配当率は2%台に達しているから、銀行に預けるよりも株を保有していた方が得という状態である。米国企業の株主資本配当率4%台に比べれば、まだまだ数字は低い水準であり、今後の伸びに期待したい。
3.2012年1月経産省が調べたところによると、海外利益の国内還元方針の調査結果から次のことが判明している。
1)これまで大企業の56.6%は海外利益の国内還元を優先としてきたが、今後も国内優先としている企業は42.9%に減少している。逆に海外再投資優先とする企業が16.2%から31.8%へ上昇している。
2)中小企業では、これまでと同様、約60%が国内還元を優先するという立場だが大企業の方針は大きく変化している。海外の利益は海外においてそのまま再投資するので、日本へ資金が還流してくることは少なくなる。日本経済としてはこの点に留意するべきである。
4.日本航空は9月中旬に株式を再上場する方針を固めた。2010年1月の会社更生法適用申請から、約2年8カ月で株式市場にスピード復帰する。日本航空の上場時の時価総額は6000億〜7000億円となる見通しで、官民ファンドの企業再生支援機構が日航に出資した約3500億円の公的資金の価値が約2倍になると新聞は書いている。
5.国が関与した破綻企業再生での資金回収としては最高額だという記事だ脳天気である。今回の上場にあたって日本航空としての今後の成長シナリオが未だに明確に示されていない。
6.日本航空は稲盛氏の経営改革により、確かに現時点でピカピカの経営状態になった。 稲盛氏の経営手腕は、実に見事で素晴らしい成果を残した。日本航空の総事業収益とコスト構造を比較してみると、2008年から2011年にかけて事業費は約1兆7000億円から約8500億円へ半減している。これに伴い販管費も半減(約3000億円から約1500億円)し、営業損益は約500億円の赤字から約2000億円の黒字へ転換している。
7.リストラを実施して、路線を減らし、徹底的にコストを削減して、これまでの無駄を省き、事業そのものを縮小することで利益が出る体制を作り上げたのが、今の日本航空である。 現在ここまで利益が出ているのは、資産価値の見直しや特例による減価償却の減少、法人税の支払い不要など、会社更生法適用の影響も否めない。広告宣伝費なども自然と圧縮された。今後、稲盛改革に続く成長シナリオという観点で、課題が見えてくる。上場するからには成長シナリオを示す必要が出てくる。
8.全日空と日本航空の旅客数の推移を見ると、2009年半ばに逆転されたまま日本航空の旅客数は減少している。事業を縮小したのだから当然だ成長シナリオを描かなくてはならないので、このままでは許されない。成長するという点で言えば、残った路線で便数を増やすか、もう1度路線を増やす方法しかない。残った路線で便数を増やすと、安売りしない限り難しい。結果としてコストの増加が予想される。
9.稲盛改革でコストを削減したのに、 再びコスト増による赤字転落に陥る可能性が高い。路線を増やす方法は、日本航空は今年の4月、成田−米ボストン線を開設し、最新鋭中型機のボーイング787を就航させている。現実的にこの便が採算に合うかと言えば難しい。HISなどを探せばニューヨークなら時期や条件にもよるが、5万円程度の往復便を見つけることもできる。ニューヨークからボストンなら1万円くらいの金額で移動できる。日本航空のボストン便に正規料金を支払って利用する人は限られる。自社の格安航空会社(LCC)とも競合する路線もでてくる。
10.日本航空は今が最も良い状態である。上場となれば今後の成長シナリオが描けることが重要である。残念ながら現時点で日本航空の今後の成長シナリオは示されていない。



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2012年06月22日

竹落葉して古き日のかかりけり 3

竹落葉して古き日のかかりけり
永田耕衣句
長谷川櫂解説
初夏の季節
竹は枯葉を落とす
落ち葉の上の日差し
古びた太陽
遠い昔への追憶
閑寂の境地
(読売新聞2012.6.19より)

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世界中の紛争地帯で戦う子供兵は30万人 3

世界を見る目が変わる50の事実
世界を見る目が変わる50の事実
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「ジェシカ・ウイリアムズ著、酒井泰介訳:世界を見る目が変わる50の事実、草思社、2005年」の著者は英国BBCのジャーナリストで世界の有識者へのインタビューなどよく知られている。同書の「世界中の紛争地帯で戦う子供兵は30万人」という小節は衝撃的である。欧米のジャーナリストの取材魂と比べて仲良し記者クラブの日本の偽ジャーナリストの違いを感じる。印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.5人兄弟が「神の抵抗軍」(LRA)という紛争地帯の軍に捕まり、軍に入ると言ったとき、早々に、5人全員はLRAに人れない、働きが悪いからだ、と言われた。軍の連中は見ている前で、2人の弟を縛りあげて死ぬまで棒で殴りつづけた。残った3人に「これで度胸がすわっただろう」と言った。一番下の弟は9歳だった。
2.日本のごく普通の家庭の8歳児を想像すると、学校に行き、友達と遊び、スポーツをし、塾にでも通っている。それに対して、世界中の紛争地帯では、誘拐され、家族や友人にも会えず、ひどい仕打ちを受け、無理やり戦わされている子供が、世界には30万人もいる。
3.33もの国では、政府軍とゲリラの違いは問わず、今も、18歳にもならない予供が戦っている。子供兵は世界中の紛争の、実に4分の3に係っている。卑劣な軍にとって、子供は重要な戦略資源だ。紛争地域で家族とはぐれた貧しい子供たちは、特に目をつけられやすい。軍は、食べ物や、保護してやろうと甘言で誘い、おだて、幼い彼らには理解できない紛争に引きずり込む。当初の任務はたいてい荷物運びやスパイ。銃を持てるようになるとすぐに、戦闘員にされる。小火器が簡単に手に入るので、子供たちでも人を殺す兵士になれる。人権監視団(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)は、多くの少年兵が前線に送り込まれたり、地雷原で先に歩かされていると報告している。家族や出身部落の虐殺を命じられることもある。退路を断ち、軍に忠誠を誓わせるための卑劣な手段である。
4.女の子も兵士にされている。少女兵の数を正確に知るのはむずかしいが、多くの武装勢力で増えている。NGO「子供兵をなくすための連合」は、スリランカではゲリラ軍の「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)が、組織を挙げてタミル人少女(特に孤児)を引き込んでいると報告している。政府筋によると、警備の網をくぐり抜けやすい少女たちは「自由の鳥たち」と名づけられ、自爆兵として訓練を受け、幹部らの「妻」にもさせられている。
5.子供兵士が最も多いとされる国はミャンマーである。35万人の精強な国軍の2割以上が18歳未満と見られており、11歳の子供までもが兵役を強制されている。少年たちは、たいていバス停や鉄道の駅、市場、あるいは検問所などで捕まり、軍に入るか、それとも刑務所に行くか、という過酷な選択を迫られる。新兵を連れてくると金や米の褒美が与えられるので、ますます励む仕組みである。こうした新米子供兵たちは家族から遠ざけられ、訓練を通じて辱められたり残忍な仕打ちを受け、戦場へと駆り出される。脱走を試みて撲殺されることも多い。
6.こうした子供たちが目の当たりにする惨状は、想像を絶する。ある少年は、ヒューマン・ライツ・ウォッチに大量虐殺の目撃談を語った。「あるとき、約5人の女の人を生け捕りにした。赤ん坊が3人、少女も4人いた。連中は母親の手から赤ん坊を引き離し、女たちを1箇所に集め、無線で本部に報告した。返ってきた命令は「全員殺せ」だった。6人の伍長が銃で皆殺しにした。兵十は泣いている赤ん坊たちを抱いていたけど、そのうち1人は、生後9カ月か10カ月ぐらいで、母親たちを殺したあとで、3人の兵士は赤ん坊も殺した。両足を持って振りまわし、岩に叩きつけて。僕はすべてを見ていた」。証言した少年は、そのとき11歳だった。
7.子供兵は消耗品扱いされ、高度な軍事技術を身につけた成人兵ほどには大切にされない。分別もつかないほど幼いので、危ない現場に投入される。コンゴ民主共和国(DRC)では、1998以来300万人もの命を奪ってきた戦いに、何万もの子供兵が加わっている、アムネスティ・インターナショナルは、2003年の各勢力による合同政権樹立と和平計画にもかかわらず、東部地域ではかえって子供兵が増えている。国際社会やNGOは子供兵を少しでも除隊させようと努力しているが、障害は多い。社会資本もぼろぼろで、学校も破壊され、職は限られている。荒廃した故郷では復員した子供兵を受け入れる余裕がなく、彼らの多くはまた戦場に戻っていく。運よく社会復帰の環境に恵まれても、心の傷は何年も癒えない。
8.カラミという少年は、わずか15歳ですでにいくつかの部隊を渡り歩き、6年もの戦闘経験を持っていた。特にひどいある戦闘では、家屋を焼き討ちにし、仲間とともに一家を惨殺して、その肉を食べさせられた。これがきっかけで脱走を決心し、やがて救助された。「僕は読み書きもできず、家族の居場所もわからず、将来もありません。最もつらいのは、将来を考えるときです。僕の人生は失われてしまいました、もう生きる希望もなく、夜も眠れません。部隊で目撃したことや、自分がやってきたひどいことを思い出す」と言っている。
9.現代ではゲリラ的な小さな民兵軍が巨大な軍隊に挑むことが増えている。子供たちが高度な装備を持った先進国の兵士と戦う機会も増えている。アフガニスタンで「不朽の自由」作戦に携わっていた米兵が初めて死んだとき、相手は14歳の男の子だった。ある米軍高官は、子供兵との戦いには、「本腰を入れて取り組んでいる」と語っている。予供兵は、国際社会にとって間違いなく焦眉の問題だ。国軍と民兵軍の別を問わず、子供の徴兵を禁じる国際法が、いっそう重要である。ジユネーブ協定の付属文書など古い取り決めでは兵士の最低年齢制限は15歳とされていたが、それより新しい、国連で決議された「武力紛争への子どもの関与に関する子供の権利条約の選択議定書」は、18歳まで徴兵を禁止し、そのための実施可能な対策を義務付けている。また、反政府軍が18歳未満の児童を用いることは、たとえ義勇兵であっても禁じている。
10.反政府武装勢力に国際法を遵守させるのはむずかしいが、こうしたグループの多くは国際社会に政権としての正当性の認知を求めているため、国際法遵守の呼びかけには耳を傾ける。現在、戦闘に加わっている30万人の子供たちの誰もが、子供時代を奪われている。幸いにも命を落とさずに逃れた者たちも、罪悪感と恥辱にまみれ、人生を立て直して失われた時を取り戻すという大変な課題をかかえている。
11.ウガンダの「神の抵抗軍」から逃れた15歳の少女は、調査団にメッセージを託した。「私たちのような子供に何が起きているのか、世界にできる限り伝えてください。ほかの子供たちが、もうこんな暴力を経験せずにすむように」



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2012年06月21日

うの花の中に崩れし庵かな

うの花の中に崩れし庵かな
樗良句
長谷川櫂解説
初夏の花
雪が積もったような白い花
花に埋もれた
朽ち果てた草庵
そこで暮らしていた
人の姿すでにない
世捨て人の棲家
時の流れに呑み込まれてゆく
(読売新聞2012.6.20より)


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中世ヨーロッパでは大金持ち、大富豪は、金儲けは悪いことではないのか、神の御心に背いている、と後ろめたさが付きまとっていた。 3

「小室直樹著:論理の方法、東洋経済新報社、2003年」の「第4章マクス・ウェーバーにみる資本主義の精神」の資本主義の歴史は参考になる。印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.資本主義が完成すると利子や利潤は正しいことだと言う考え方になる。ところが中世ヨーロッパではそのような考え方が出てきたことはない。このために大金持ち、大富豪といった人々は、心のどこかに金儲けというのは悪いことではないのか、俺はひょっとしたら神の御心に背いて悪いことをしているのではないか、と後ろめたい惑いが付きまとっていた。
2.南ドイツの金融業者フッガー家は、15世紀から16世紀にかけて、世界の富の10分の1はフッガー家に属するというくらいに物凄い大金持ちであった。そこで世界最初の救済(慈善)事業を盛んにやった。行き倒れの人を救済住宅に収容した。その家賃は驚くほど安い。そこに入れてもらうための条件は何かというと、神様に「どうかフッガー家の人々の魂の救済を」と祈ることだった。あの天才作曲家モーツァルトのおじいさんも行き倒れになってここに救済され、朝晩フッガー家の人々の魂が救われますようにと礼拝堂へ行った。
3.人居者の費用は、殆どタダで、今でも多くは高齢者が当時のままの家に入っている。みんな大変小ぎれいに暮らしていて礼拝を欠かさない。フッガーに限らず、欧米の資本主義が出てくるまでの大富豪の共通の考えのなかには、金儲けはほんとうは何か悪いことをしているという意識が常に容赦なく付きまとっていた。しかし資本主義ではそうではない。金儲けはよいことだと思うようになった。
4.ウェーバーは資本主義の精神を体現した人問として、ロビンソン・クルーソーを挙げている。絶海の孤島にたった一人で漂着し、難破船からいろいろなものを運び上げて、毎日生活のために苦闘し、そのうち一人の蛮人を助けてこれを従僕として暮らし、やがて故郷に帰っていった人間のお話である。
5.この本で描かれているロビンソン・クルーソーは経済学の理論で想定している経済人そのものである。経済人は極めて合理的な行動をとる。この経済人が企業家になれば利潤を最大にする、個人としては効用を最大にするように行動する。歴史的に見ると、こういう人間は資本主義に限って存在し、資本主義より前の社会には存在しない。
6.封建社会では身分によって食事、住居はみんな決まっている。村長より立派な家をつくって住んだら仲間はずれになる。企業の場合も利潤を最大にする行動はとれない。マクス・ウェーバーはロビンソン・クルーソーこそ資本主義のエトスを持った人間だと誉めている。
7.物語の主人公は1632年の生まれで、当時のイギリスはまだまだ冒険商人の活躍した時代であったが、資本主義の精神を持った人々が着々と増え始めていた。主人公の父親はまさにそうした人で、物語の冒頭でロビンソン・クルーソーに次のような訓戒を与えている。人生の不幸を背負っているのは社会の上層と下層のものに限られている。中くらいの生活があらゆる美徳、楽しみの源泉といえる。冒険商人を夢見て船に乗るなどという馬鹿な真似をするかぎり、神様の祝福を受けることは当てにするな。
8.ロビンソン・クルーソーは冒険商人への憧れを抑えられず、船に乗り、そして難破し孤島にたどり着いたロビンソン・クルーソーはまず難破船から必要なものを持ち出し、雨露をしのぐ家をつくり、家の周りの土地を囲い込んで、小麦の種を播く。罠で山羊を捕らえ、飼い、住居に付属して仕事場をつくり、そこで山羊の皮を剥いで日傘や帽子、衣服をつくったりした。
9.彼のこうした行動は極めて合理的、計画的だ。難破船で小麦を見つけて持ち出したときも、それをすべて食べてしまわないで播いて、育てる。山羊を捕えても同じことをする。難破船で金貨を見つけても、絶海の孤島では不要なものとして持ち出さない。船から鉄砲と火薬を見つけてくるが、雨にあたると使えなくなるので分散して保存する。言い換えれば保険をかける行動をとっている。その頃の中産的生産者はこうした「保険をかける」という行動を取り始めており、保険業は19世紀のイギリスで重要な産業となる。
10.彼はまた、孤島で過去を真剣に反省し、父親の訓戒を思い出し、深く神に帰依する。同時に伝統仁義やそれにまつわる非合理性から完全に解放される。著者のデフォーは作家で政治家でもあるが、生涯を通して有能な政治経済担当の新聞記者だった。彼の生きた17世紀の半頃から18世紀前半にかけてのイギリスでは、農村地帯に小さな土地を持ってさまざまな工業生産とりわけ毛織物製造を営んでいた中小の生産者たちが次第に力を付けつつあった。
11.デフォーはこの人たちを熟知していた。彼らは敬慶なプロテスタントであり、禁欲的で労働を何よりも尊ぶ人々だった。また、伝統主義の非合理性から脱却して合理的な行動様式をとり、目的合理性を持った生活を送ろうと努力していた。ロビンソン・クルーソーはそうしたイギリスの背骨となりつつあった中産的生産者層の理念像であり、デフォーは将来イギリス人のあるべき理想の人間像をこの物語のなかで描き出した。


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池上技術士事務所の紹介
261-0012
千葉市美浜区
磯辺6丁目1-8-204

池上技術士事務所(代表:池上雄二)の事業内容
以下のテーマの技術コンサルタント
1.公害問題、生活環境、地球環境
2.省エネ・新エネ機器導入
のテーマについて、
・技術コンサルタント
・調査報告書の作成
・アンケート調査・分析
・技術翻訳、特許調査
を承ります。
有償、無償を問わず
お気軽に下記にメールをください。
ke8y-ikgm@asahi-net.or.jp

工学博士、技術士(応用理学)、
公害防止主任管理者、
騒音防止管理者の資格で
お役に立ちたいと思います。

池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
・土曜会(グループ展)
 作品展を毎年10月開催
(於:銀座大黒屋)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
・読売書法展(現在理事)
 読売奨励賞
 読売新聞社賞
・謙慎展(現在理事)
 春興賞の受賞:2回
○書道教室
・学生:月曜日
・一般:火曜日、水曜日





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