2016年04月

2016年04月30日

まろびてもまろびてもなお立ち上がる砂時計、日時計、腕時計、朝

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田中徹尾句
長谷川櫂解説
転んでも起き上がる
起き上がり小法師
まろんでいる地球
無邪気な地球
(読売新聞2016.4.28より)

yuji5327 at 13:33 
池上湖心の書 

理想の国は大きな国でも強い国でもない。小さな、村落の集まりのようなもの。住民は、みんな命を大事にするから、舟や車は、ほとんど乗らない。武器は備えているが使わない。

タオ―老子 (ちくま文庫)
加島 祥造
筑摩書房
2006-10

「加島祥造著:老子、筑摩書房、2000年」の印象に残った章を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。著者は1923年東京生まれ。詩人。早稲田大学英文科卒業。米国カリフォルニァ州クレアモント大学院留学。信州大学・横浜国立大学を経て、青山学院女子短期大学教授を最後に退官した。老子の原文と著者の訳文が違うことはあるが、著者の老子への共感が基礎になっている。
1.戦術家の言葉を聞いて、世の戦術家たちは「確かにこっちから仕掛けるよりは、先方の出方に応じるほうがいい。100m突進して戦うより、1km退いて守ったほうがいい。これこそ戦わずして勝つ方法だ。こういう戦術なら、腕も武器も振り廻さないから、敵ほど疲れやしない、そして結局戦わないで勝ったことになる」。
2.「敵を軽く見て侮ることはいちばん危険な戦術だ、しまいにこちらの宝をすっかり失うことになる。とにかく、同じぐらいの軍隊が闘うとぎは、譲って守ったほうが勝つものだ」、というような、世の戦術家や政治家の考えがある。私はやむをえない時だけ戦え、と言うだけで、根本ではいつも争うな、と説いている。
3.理想の国について、私は国境のない世界を願っているが、まだ無理のようだから、自分の理想とする国を、描いてみる。 大切にしたいのは大きな国でも強い国でもない。小さな、村落の集まりのようなもので、人口もごく少ない。住民たちは、いろいろの道具を持ってはいるが、ろくに使おうとはしない。みんな命をとても大事にするから、危険な旅なんかに出ない。舟や車は持っているが、ほとんど乗らない。同じように武器もちっとは備えているけれども、誰も使わない。商取引をするには、ただごく単純な数え方ですます。
4.食事はゆったりと、おいしい物を食べ、着るものは美しい上等な服、日々は安楽であり、習慣を乱そうともしない。隣りの国は近くて、犬の吠える声や鶏の鳴く声が聞こえるほどだが、そんな隣国とも往来しない、そして、ずいぶん歳をとってから静かに死んでゆく。



yuji5327 at 09:31 
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2016年04月29日

前例なき多発地震

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熊本地震発生から2週間。
震度7の激しい揺れが2度襲う
異例の事態
熊本県や大分県
震度1以上の地震は1000回
浅い震源
地震規模の大きさ
九州地方の蓄積ひずみ
地震誘発
断層が動かなかった
割れ残り断層
九州全域で引き続き警戒


yuji5327 at 06:51 
池上湖心の書 

自然は、歩くための足を与えてくれたように、人生に処してゆくための知恵をも与えてくれた。知恵といっても、哲学者の考え出すような大げさなものではなく、健康な知恵である。

超要約で世界の哲学を読む
鷲田 小弥太
PHP研究所
2004-10

「鷲田小彌太著:超要約で世界の哲学を読む、PHP新書、2004年11月」は参考になる。著者は1942年生まれで、現在、札幌大学教授。専攻は、哲学、倫理学である。「『エセー』モンテーニュ(1533~1592)」の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.哲学の精神と、自在な弁舌は、私たちの生活を混乱させる。人間の企てることは、もっと大雑把に、表面的に取り扱わなければならない。その大部分を運命の手に委ねなければならない。事柄をそれほど深く、細かく明らかにする必要はない。あまりたくさんの相反する状態や、異なる形態を考慮すると、かえって、何を選び、進んでいいのかわからなくなる。中程度の精神は大事も小事も、同じようにうまく処理できる。
2.哲学は、自然の快楽に対して、そこに節度が加わるかぎり、けつしてこれに反対しない。哲学の非難は、自然以外から来る不純な快楽に向けられる。肉体の欲望は、精神によって増加されてはならない。飽食を避ける。恋愛においても、たんに肉体の欲求を満たすだけで、精神を揺り動かさない対象を選べと命じている。
3.これらの規則は厳しすぎるだけでなく、十分そのつとめを果たしている肉体に対してであって、衰えた肉体に対しては、想像力で欲望を喚起する必要も許される。この地上にいるかぎり、純粋に肉体的なもの、純粋に精神的なものはない。生きた人間を、肉体と精神の2つに引き裂くのは正しくない。快楽の享楽に対しても、少なくとも苦行に対するのと同じ好意をもって当たるべきである。肉体は精神を損なってまでおのれの欲望に従ってはならぬと同時に、精神は肉体を損なってまでおのれの欲望に従ってはならない。
4.哲学者は自然の法則に帰れ、というのは正しいが、その法則は、崇高な知識とはなんの関係もない。哲学者たちは、自然の法則を偽造し、鮮やかに凝った色で描いて見せるので、単一なテーマから、多様な像が生まれる。
5.自然は、歩くための足を与えてくれたように、人生に処してゆくための知恵をも与えてくれた。知恵といっても、哲学者たちが考え出すような巧妙で、頑丈で、大げさなものではなく、平易な、健康な知恵である。



yuji5327 at 06:37 
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2016年04月28日

熊本地震関連死

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熊本地震で7つの市町村で合わせて49人
避難生活による体への負担
関連死16人
けがをした人
重傷が319人
軽傷が1111人


yuji5327 at 06:46 
池上湖心の書 

ソ連軍がアフガニスタンから撤退すると、アメリカはアフガニスタンへの関心を失なった。気がつくと、武器を持ったムジャヒディンだけが残った。


「池上彰著:知らないと恥をかく世界の大問題6、角川新書、2015年5月」の「第3章イスラムの台頭〜文明の衝突は避けられないのか?」「世界のイスラム過激派はアフガニスタンから始まった」の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.1979年、ソビエトのごく一握りの首脳たちが、アフガニスタンを攻撃するという決断をしたことが、いまにつながっている。ソ連という国は、第2次世界大戦で2700万人もの国民が殺され、自国の安全に極めて敏感になり、西側諸国との間に緩衝地帯をつくった。ソ連の南にあるアフガニスタン。ここはイスラム教徒が多数を占め、国王のいる平和な王国だった。敵対こそしていないものの、ソ連にとっては自分たちの言うことを聞く国ではなかった。これを不安に感じたソ連は、なんとかアフガニスタンに自国寄りの政権をつくろうと考えた。何度もクーデターを起こしているうちに、アフガニスタンの国内の政情が不安定になっていき、ソ連寄りの政権づくりがうまくいかなかった。
2.ソ連は、1979年12月、突如アフガニスタンに侵攻した。多くのイスラム教徒が、自衛のためのジハード(イスラムの教えを守るための努力)に立ち上がった。イスラムの土地に異教徒が攻め込んできたら、自分たちの土地を守るのもイスラム教徒にとっての神聖なジハードになる。この部分のジハードだけが、日本では「聖戦」と訳されてしまい、イスラムに対する誤解が広がった。多くの若者が武器を持って戦った。
3.ソ連は、社会主義国として、宗教を否定していた。アフガニスタンのイスラム教徒は、「神を信じない者が、神聖なイスラムの土地に侵略してきた」と受け止めた。自分たちの土地を守るための戦いに立ち上がった彼らは、ムジャヒディン(イスラム聖戦士)呼ばれた。
4.アメリカは、アフガニスタンでソ連軍と戦っているムジャヒディンを支援しようしたが、アフガニスタンは内陸国で、隣のイランは反米国家である。アメリカがムジャヒディンに武器や資金をパキスタン経由で送ることにした。アフガニスタンとパキスタンの国境付近には、パシュトゥン人という民族が住んでいる。イギリスが、住んでいる民族に関係なくそこに国境線を引いたため、パシュトゥン人の居住地域が、パキスタンとアフガニスタンに分けられてしまったので、そんな国境におかまいなく行き来していた。
5.アメリカのCIA(中央情報局)は、パキスタン軍のスパイ組織ISI(軍統合情報部)に、多額の資金や武器を渡したが、ISIはしたたかな組織で、アメリカから預かった資金や武器の相当部分を自分たちのものにして、残りをアフガニスタンへ送り込んだ。
6.アフガニスタンは荒涼たる山岳地帯。砂漠の中では、ソ連軍はなかなか思うように行動できず、ヘリコプターを使った戦術でムジャヒディンは大打撃をあたえた。このままではソ連軍にやられてしまうと思ったアメリカは、最新兵器「スティンガーミサイル」をムジャヒディンに送った。軽くて優れた小型ミサイルで、肩に乗せて、ヘリコプターの方角に向けて照準ボタンを押せば、自動的にヘリコプターに照準を合わせてくれ、「照準が合った」と知らせる音が出たら、あとは発射ボタンを押すだけで命中できた。
7.ソ連軍は苦戦を強いられ、1989年2月に完全撤退した。この戦争には、中東からイスラム教徒の若者が大勢応援に駆け付けた。その中にいた1人がオサマ・ビンラディンだった。彼はサウジアラビアから駆け付けた。ビンラディンは大富豪の息子で、豊富な資金でムジャヒディンを支援した。つまり、ビンラディンは、アメリカのCIAの支援を受けていたことになる。そのビンラディンが2001年の9.11アメリカ同時多発テロを起こした。結果的にアメリカのCIAが、イスラムのテロリストを養成することになった。
8.ソ連軍がアフガニスタンから撤退すると、アメリカはアフガニスタンへの関心を失なった。ムジャヒディンを応援したのはソ連と戦うためだった。アメリカはアフガニスタンに対する支援を打ち切り、気がつくと、アフガニスタンには武器を持ったムジャヒディンだけが残った。
9.アフガニスタンは、いろいろな民族からなる国で、パシュトゥン人以外に、タジク人、ウズベク人、ハザラ人の大きく分けて4つの民族が住んでおり、これらの民族が内戦状態になった。隣の国パキスタンにとって、東隣のインドが脅威である。インドとパキスタンはカシミール地方の領有権をめぐってこれまで何度も戦争をし、そのたびにパキスタンはインドに敗れている。


yuji5327 at 06:35 
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2016年04月27日

パナマ文書

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タックスヘイブン(租税回避地)
パナマ文書
共同通信による分析
日本在住者や日本企業
株主や役員として記載された回避地法人
少なくとも270上る
丸紅、伊藤忠商事など
株主などに名前約400人
米国人の記載がほとんどないパナマ文書


yuji5327 at 06:46 
池上湖心の書 

感情の本性は、自己を対象とする自負と卑下、他者を対象とする愛と憎、そして直接感情を観察することで、解明できる。

超要約で世界の哲学を読む
鷲田 小弥太
PHP研究所
2004-10

「鷲田小彌太著:超要約で世界の哲学を読む、PHP新書、2004年11月」は参考になる。著者は1942年生まれで、現在、札幌大学教授。専攻は、哲学、倫理学である。「『人間本性論』ヒューム(1711~1776)」の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1..人間の心に現れるものはすべて知覚である。知覚の外部に出ることは、知覚できないものを知ろうとする、という迷妄に陥る。知覚は、力強さといきいきさの違いによって、「印象」と「観念」に区別される。はじめて出現する観念は、それによって正確に再現される印象に由来する。この印象と観念には、単純なものと複合的なものがある。
2.印象が観念として心に再現される場合、2通りある。1つは、印象のはつらつさを多少とも保存し、印象と観念との中間にあるかのような「記憶」であり、いま1つは、はつらつさが完全に失われ、観念になりきっている場合で、「想像」になる。両者の違いは、印象の序列や形式を再現するかどうかで決まる。
3.観念は、バラバラにではなく、相互に連結されている。心の自由な働きである想像が、この観念を結合するが、その形式には、ヾ冉袷蠍澆領犹、∋空的接近、0果関係がある。いずれの観念も、その恒常的連接を保証するのは、理性ではなく、経験である。ある観念(原因)に続いて、別な観念(結果)が生じるのは、過去の経験の「反復」を観察した結果である。将来、同じ連接が生じる保証はない。恒常的連接は、これまで同じことが生じたのだから、次もきっと起こるだろう、という「信念」にもとつくのである。
4. 嵳性」(感覚にいかなる基礎をもたない知的能力)はいかなる真理をももたらさない。◆岾鯵Δ梁減漾廚蓮知覚に与えられないから、確実なことはいえない。「自我」は「諸知覚の束」だから、人格の同一性を証明することはできない。
5.理性は感情を統御することはできない。感情に従うだけである。感情は定義することはできないし、する必要もない。それは、動かしがたい「事実」であって、日常の感じや経験で十分知ることができる。感情の本性は、自己を対象とする自負と卑下、他者を対象とする愛と憎、そして直接感情(善悪・快苦から生じる印象)を観察することで、解明できる。快と善をもたらすものを促し、苦と悪をもたらすものを避けることが、人間感情の本性にもとつく賢明な行き方だとわかる。
6.道徳的な美や自然的な美は、観念によって把握されるよりも、むしろ感じられる、共感されるものである。感情の本性に適う美徳には、ー身にとって快なもの、他人にとって快なもの、自身にとって有用なもの、ぢ梢佑砲箸辰突用なものがある。い亮匆馘な美徳(親切、人類愛、正義)はもっとも高く評価していい。




yuji5327 at 06:36 
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2016年04月26日

強い余震

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熊本地震、
強い余震がいつまでも続く
阪神淡路大震災を上回る
気象庁
今後も1週間程度は続く
震源が浅い地震
余震が活発に起きるのが特徴
傷んだ建物がさらにダメージ



yuji5327 at 07:05 
池上湖心の書 

サウジアラビアはイスラム教・スンニ派国家で、アフガニスタンのタリバン政権を承認した。オサマ・ビンラディンは、アフガニスタンでアメリカへのテロを呼びかけた。


「池上彰著:知らないと恥をかく世界の大問題6、角川新書、2015年5月」の「第3章イスラムの台頭〜文明の衝突は避けられないのか?」「世界のイスラム過激派はアフガニスタンから始まった」の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.インドと向き合ったときに、背後にパキスタンの言うことを聞く政権があれば安心である。ソ連がアフガニスタンに侵攻したとき、パキスタンに逃れてきた難民のパシュトゥン人の難民キャンプの子どもたちのために、パキスタンのイスラム原理主義者たちが神学校をつくり、イスラム原理主義的な教えを徹底的に教えた。パキスタンのISIは、この学生たちに目をつけ、神学校の学生たちに兵器を与え、アフガニスタンに攻め込ませた。彼らは現地の言葉で神学生たちを意味する「タリバン」と呼ばれた。「タリブ」は神学生。タリバンはその複数形である。
2.アフガニスタンでは、各地で軍閥が群雄割拠の状態だった。国家意識などなく、武将が私兵を持って戦う。タリバンは戦車に乗って攻め込み、これらを一掃してしまいます。治安は一挙によくなった。タリバンの進軍には、パキスタンのISIが軍事顧問として付き添い、戦闘にまで参加していたことがわかった。アフガニスタンの内戦状態に飽き飽きしていた人たちから、タリバンは歓迎された。この結果、これまで内戦をしていた軍閥たちは、アフガニスタン北部へと追いやられた。
3.北部に追いやられた勢力は、「北部同盟」と呼ぼれた。タリバンがパシュトゥン人主体の組織だったのに対して、北部同盟を構成していたのは、タジク人やウズベク人など、他の民族が主流で、タリバンと北部同盟の対立は、民族間の対立の様相を帯びていた。
13.アフガニスタンをとりあえず支配したタリバンは、政権をとると、映画や音楽などの娯楽は禁止。女性たちは家で保護。外出するときは家族の男性同伴で、全身を隠すブルカを着用しなければならない。ブルカはパシュトゥン人の女性の伝統的な衣装だが、支配地域のすべての女性に押し付けた。
4.女性は家にいて、働く場所がなくなりました。学校の先生たちも失職した。女子校は閉鎖され、病院の医師も看護師も、女性は姿を消した。その結果、女性が病気になっても、医師にかかりにくくなった。
5.金曜日の集団礼拝の後は、サッカー場が公開処刑場になった。犯罪者は厳格なイスラム法で裁かれ、死刑は斬首。窃盗は、右手を切断するという刑罰が導入された。静かな王国だったアフガニスタンが、そういう国になってしまった。
6.ソ連が崩壊し、東西冷戦が終わり、直後に湾岸戦争が勃発した。1990年8月、イラクがクウェートに攻め込み、サウジアラビアの国境地域まで軍隊を進めた。怯えたサウジアラビアはアメリカに対して応援を求め、アメリ力軍がサウジアラビアに進駐した。
7.アフガニスタンからサウジアラビアに帰国していたオサマ・ビンラディンは、これに猛反発をした。サウジアラビアはメッカとメディナというイスラムの2つの聖地を抱える国で、そこへ異教徒のアメリカ軍がやってくるなど絶対に許せなかった。「われわれがサウジアラビアを守るから、アメリカ人を入れないでくれ」と国王に直訴したが、国王はそれを認めず、アメリカ軍を受け入れた。サウジアラビアも厳格なイスラム国で、女性の自動車運転は認められていないが、そこに、肌も露わなアメリカ軍の女性兵士がやってきて車を乗り回して、サウジアラビア国民の顰蹙を買った。
8.サウジアラビアは最も戒律が厳しいイスラム教・スンニ派国家で、アフガニスタンにタリバン政権ができたとき、最初に承認したのがサウジアラビアである。聖地が汚されたと思ったオサマ・ビンラディンは、激しく国王に抗議したところ、国外追放になり、怒りを抱えたまま、かつての仲間がいるアフガニスタンに舞い戻った。そしてタリバン政権の下、自ら「アルカイダ」を結成し、アメリカに対するテロを呼びかけた。




yuji5327 at 06:51 
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池上技術士事務所の紹介
261-0012
千葉市美浜区
磯辺6丁目1-8-204

池上技術士事務所(代表:池上雄二)の事業内容
以下のテーマの技術コンサルタント
1.公害問題、生活環境、地球環境
2.省エネ・新エネ機器導入
のテーマについて、
・技術コンサルタント
・調査報告書の作成
・アンケート調査・分析
・技術翻訳、特許調査
を承ります。
有償、無償を問わず
お気軽に下記にメールをください。
ke8y-ikgm@asahi-net.or.jp

工学博士、技術士(応用理学)、
公害防止主任管理者、
騒音防止管理者の資格で
お役に立ちたいと思います。

池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
・土曜会(グループ展)
 作品展を毎年10月開催
(於:銀座大黒屋)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
(平成28年度、国立新美術館にて開催)
・読売書法展(8月開催、現在理事)
 読売奨励賞
 読売新聞社賞
・謙慎展(3月開催、現在理事)
 春興賞の受賞:2回
○書道教室
・学生:月曜日
・一般:火曜日、水曜日





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