2016年09月

2016年09月25日

日銀金融緩和

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マイナス金利付き量的・質的金融緩和
日本銀行の政策委員会・金融政策決定会合
消費者物価の前年比上昇率2%
物価安定の目標
「量」・「質」・「金利」の3次元
緩和手段を駆使


yuji5327 at 11:07 
池上湖心の書 

北極は文字どおり「熱い」。そのため氷冠が融解し、1年のうち数週間、カナダ北極諸島の北西航路を船が通航することができる。この航路は、パナマ運河を使うより25%短い。

「アダム・ルボル著:地理が教えてくれる世界の歴史と国の運命、新刊地図から政治を読み解く『地理の囚人』は複雑で混沌とした世界を知るための良質な入門書、
Newsweek 62,2015/09/15」は面白い。印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.12年にシリアが全面的な内戦に入り込んだ頃、ティム・マーシャルはある丘に立ち、遠くの村の上空に煙が立ち込めるのを眺めても、それはありふれた光景で、シリアの友人たちが、村が燃えている理由を説明してくれるまは、特別重大なことと思わなかった。攻撃側にはもっと長期的な計画があった。シリアが統一国家として再建されなかった場合、その地域は未来の小国の中心地になるかもしれない。つまり地元の有力者たちは民族浄化と大虐殺を通して、自分たちの帝国を築くことを思い描いていた。
2.マーシャルは著書『地理の囚人」で、「今はその戦略的重要性が分かるし、物理的な環境が政治情勢を左右することも理解できる」と書いている。マーシャルは、英スカイ・ニュースの外交問題担当編集者やBBCの記者を務めた人物である。
3.アフガニスタンや旧ユーゴスラビア、イラクなど30力国の紛争・動乱の取材経験がある。マーシャルは厳しい問いも、それへの鋭い答えもためらわない。文明発祥の地であるアフリカが、これほどひどい状況であ理由について、「不幸な場所は多いが、アフリカほど不幸な場所はない。しかも20万年前にホモサピエンスが誕生した先進地域だったにもかかわらず」として分析し、2つの理由を挙げる。地中海沿岸などと違い、天然の港がなかったことと、滝の存在である。
4、アフリカには大きな川がいくつもあるが、数々の滝のせいで、物を運ぶためにはまったく役に立たない。欧州諸国を走るライン川や、特にドナウ川などは、何世紀にもわたりヨーロッパの繁栄と結束を助けてきた。反対にアフリカのナイル川やニジェール川、コンゴ川などの大河はどこにもつながらない。アフリカ大陸の大半はサハラ砂漠とインド洋と大西洋に囲まれ、そのため外部のテクノロジーや知の潮流から孤立することになった。
5.植民地政策の悲惨な遺産がある。アフリカの政治的苦悩をめぐるマーシャルの分析は、中東にもそっくり当てはまる。現代の内戦の原因の1つは、植民地主義国がいろいろな部族をまとめて1つの国家であるとし、植民地主義国がそこを追い出された後に有力となった部族がその国すべてを支配したいと望んだことにあり、これが暴力を生んだ。
6.欧米は自分たちが押し付けた国を破壊しても、代わりの国を造らない。03年にイラクに侵攻したアメリカと同盟国は軍事作戦を徹底的に計画したが、事後については考えなかった。米軍中心の有志連合は、89年の共産主義崩壊のときの教訓:独裁権力の抑圧が強いほど、その独裁を倒した後の暴力は激しくなる、を学んでいなかった。
7.かつて「社会主義陣営で最も幸せな国」といわれたハンガリーは、比較的リベラルな共産政権のおかげで民主主義への平和的な移行が行われた。しかし、ルーマニアのニコラエ・チャウシェスク大統領の打倒には暴力と流血が伴った。イラクのサダム・フセイン大統領の失脚はこの国の崩壊と内戦、テロ組織ISISの台頭を招いた。欧米主要国は、11年のリビアでも同じ間違いを犯した。カダフィ政権を崩壊させて立ち去った。結果は、イタリア上陸を目指す難民でいっぱいの船が示している。
8.マーシャルは、アラブ世界に対する欧米の見方と、善意のリベラル派が自らの文化規範をアラブに押し付けていることを鋭く指摘する。アラブの国々は嫌悪感を抱えている。憎しみと言ってもいいが、普通の欧米人はそれにほとんど気付いておらず、活字などで目にしても信じようとしない。欧米のリペラル派はこうした表現を非難せず、沈黙している。
欧米の視点でアラブ文化を判断するという、「オリエンタリズム」に陥ることを恐れる。
9.北極は文字どおり「熱い」。そのため氷冠が融解し、1年のうち数週間、カナダ北極諸島の北西航路を船が通航することができるようになった。この航路は、パナマ運河を使う航路より25%短い。北極海の支配権をめぐっては、既に9つの法的争いと権利の主張が発生している。ロシアは支配権を示すため07年に、さびに強いチタン製の国旗を深さ4260mの海底に立てた。「地理の囚人」を読めば、そのあたりの事情もよく分かる。


yuji5327 at 10:18 
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2016年09月24日

ら抜き言葉

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ら抜き言葉
見れた
出れる
の割合
見られた
出られる
を上回った
受け身や尊敬ではなく、
可能の表現だと的確に伝わる


yuji5327 at 07:23 
池上湖心の書 

安倍談話は主語が「私たち」になっている。村山談話や小泉談話では「私は」である。7割が有識者の答申。2割5分が公明党のコメント。

「佐藤優×姜尚中安倍政権と安保法案の行方を語る 
AsahiShimbunWeeklyAERA 2015.9.14」が面白い。印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.安倍談話は、「いい談話」である。村山談話よりも、ある意味では踏み込んでいる。村山談話は、ある時期から日本は国策を間違えたとしているが時期には触れていない。安倍談話では、満州事変から間違えた、となっている。安倍晋三首相の祖父の岸信介が満州国を作り運営したが、その業績を全否定した。その理由は、3つ、1)思想が変わった2)腹の中ではそう思ってないけれど口先だけで言つた。3)よくわからないまま原稿を読んだ。
2.安倍談話は主語が「私たち」になっている。村山談話や小泉談話では「私は」である。7割が有識者の答申。2割5分が公明党のコメント。残りの5分が安倍さんの想い。安倍さんの想いが出ている箇所は2カ所、一つは「次世代を謝らせたくない」というところ。これは、歴史の否定である。そもそも歴史というのは自分たちは直接関与していない過去や出来事に関して、同胞として責任を取って、その出来事にどういう意味づけを与えるかということである。有識者が関与した部分なら、こんな言葉は出てこない。もう一つは、日露戦争が多くのアジア、アフリカの人たちに植民地解放の勇気を与えたというところ。これはある面事実で、日本人をあまり知らない、遠い国ほど「日本はよくやった」と思ったが、一番近い隣国の韓国や朝鮮民主主義人民共和国からしたら、とんでもないという話である。
3.日露戦争の5年後に日韓併合し、韓国の歴史教科書に日本の侵略はいつスタートしたのか書かれている。1905年、日露戦争の最中の1月の竹島、韓国からすると独島の島根県への編入からである。この時点に、日本はバルチック艦隊を監視するための監視所を竹島に作った。日露戦争から始まつており、日露戦争の実際の戦地は、あの当時の朝鮮半島周辺だった。
4.かつては満州事変から敗載までを15年戦争と言っていた。「大東亜戦争肯定論」もあった。中国文学者の竹内好は日中戦争と日米戦争を分けるべきだと述べている。日中戦争は明らかに侵略だけれども、日米戦争は違う。
5.今回はその15年戦争について、中身は何も言わないのに、それに至る過程がこと細かに書かれている。「八紘一宇」とか「アジアの解放」と本当は言いたかった。それを言わないで結果として自分たちは既存の秩序へのチャレンジャーになってしまって道を誤ったといっている。
6.安倍談話にはトリックがある。悔い改めることについての英文がよくできている。repentanceという言葉を使っているが、これはギリシャ語のmetanoiaの意味で宗教用語である。あえて宗教用語を用い、単なる反省にとどめていない。「悔い改めよ、神の国は近づいた」とキリストが呼びかけたときの悔い改めである。安倍首相が深く英語をわかった上で、国際社会に今までの日本の指導者が使ったこともない相当深い反省と考え方に変えた。テキストしか見ていない国際社会は高く評価した。
7.安倍政権は、東京裁判史観というものを、彼らなりに否定したいと思っている。日本はポツダム宣言を受諾した。ポツダム宣言には、カイロ宣言(43年、ルーズベルト、チャーチル、蒋介石が決定・発表した対日戦遂行・処理案)は履行されるべしと書かれている。この「履行されるべし」のカイロ宣言を、あくまでも密約であやふやなものだという人もいる。ポツダム宣言もおかしいということになる。カイロ宣言には、朝鮮人民の奴隷状態に鑑みて、と記されており、第1次世界大戦以降に日本が略取したものは全部返還しなければいけない、暴力や貧欲によって得たものも全部返還しなければいけない、と書かれている。
8.かつて岸信介は、満州国は傀儡政権だと言われることに激しく反発した。安倍談話では、満州国は侵略によって成立した偲偶政権ということになる。安倍首柑は深くものごとを考えていないか、あるいは心変わりしたか、あるいは表と裏が違うのか、のいずれかである。いずれにしても政治家としてはアウトである。
9.第1次世界大戦が大変に悲惨だと、そこを起点にしている。あれは、ヨーロッパ人の視点である。日本から見るのなら、青島の要塞に行った以外はドイツと戦闘行為をしていない。日本は、大した労を取らずして、日英同盟で、たっぷり日本の利権を獲得した。これはインテリの歴史観です。もう少し民衆に近づいていかないと、保守政治家としては疑問である。
10.国会での審議は、もう対米公約したから、あとは国内手続きでアリバイづくりでやればいいというレベルになっていて、ダラけた消化試合のようである。だから質問ははぐらかす、何を答えているかわからない。内容と手続きに大いに問題があることは間違いないと。
11.このまま推移して参議院で採決するのでであれば、党議拘束を外すべきである。多くの人の世論のうねりが高まれば、参議院の建前は一応「良識の府」ということになっているのだから、建前通りに一人一人の政.治家が、自分の見識に従って採決に参加すればいい。
12.平和をとる公明党に期待している。公明党は国際基準で言う宗教政党で、創価は世界宗教を目指している。創価学会は近未来に中国で布教活始める。その時、日本と中国が緊張関係になっていると自分たちの布教活動にマイナスになる。そうすると、創価学会は建前としての平和主義じゃなくて自分たちの利益として、平和が必要である。
13.戦争法案を廃案にするために、SEALDsをはじめたくさんの人々が訴えかけています。これからSEALDsが大きな影響力を持ってくると、さまざまな人たちがこの資産を流用したいということで働きかけてくる。私たち市民は.アマチュアという立場で政治に参加するべきである。
14.学生であれば、勉学をするという本業がある。韓国で光州事件が起きた時、バスの運転手など一般の人たちが、学生をかばった。学生には勉強してほしいという願いが込められていた。運動をやりながらも、学生という立場を忘れないでほしい。そしてメンバーはどんどん新陳代謝していけばいい。やらないと後ろめたいということは考えないでいい。やれる人がやればいい。



yuji5327 at 07:17 
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2016年09月23日

「もんじゅ」廃炉

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20年間止まっている 
高速増殖原型炉もんじゅ
やっと「廃炉」
核燃料サイクル路線変化
廃炉検討の背景は
1兆円超費用むだ
30年かけて廃炉費用
3000億円も無駄
文科省責任者の総括を



yuji5327 at 06:43 

マータイ氏は総合的なアプローチを採り、民主主義や人権特に女性の権利までを含めた、サスティナブルな開発を目指してきた。世界的視野に立ちつつ、地域に根ざした活動をしている。

「池上彰著:御茶ノ水女子大学特別講義
世界を変えた10人の女性、文藝春秋、2013年」の「第9章ワンガリ・マータイ」は参考になる。印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.ワンガリ・マータイさんは「Mottainai運動」を始めたことで日本では知られている。「子供たちに環境の大切さを教えていくことが大事だ」と力説していた。2004年にノーベル平和賞を受賞している。アフリカの大地に木を植えるグリーンベルト運動が評価された。お茶の水女子大学の名誉博士号も受けている。
2.植林で、ノーベル平和賞? マータイさんのあと、アメリカのアル・ゴア元副大統領もやはり環境問題に取り組んだことが評価されて、2007年に受賞している。ノーベル平和賞はかつては、戦争を終わらせるために、なんらかの取り組みをした人に与えられていた。ベトナム戦争で和平協定を結んだ当事者双方に対して与えられたが(元米大統領補佐官ヘンリー・キッシンジャーと、ベトナムの政治家レ・ドク・ト)。レ・ドク・トは「まだ平和になったわけではない」と辞退した。
3.ノーベル平和賞を誰に与えるかは、大変難しい。政治的に使われる場合もある。南アフリカのアパルトヘイトに対する取り組みをしていたデズモンド・ムピロ・ツツ大主教(1984年)。チベット亡命政府のダライ・ラマ(1989年)。ビルマの民主化運動のアウンサンスーチー(1991年)。東ティモールの独立運動のジョゼ・ラモスーーホルタ(東ティモ
ール民主共和国前大統領)とシメネス・ベロ司教(1996年)が有名である。
4.ノーベル平和賞というスポットを当てることによって、人種差別や軍事独裁、人権問題や民族独立などの問題に世界の注目が集まる。それによって、事態を進展させようという意図がみられる。事実、南アフリカではアパルトヘイトが撤廃され、東ティモールはインドネシアから独立を果した。チベットの問題のようにいまだに解決していない問題もある。2010年には中国の劉暁波という人権活動家にノーベル平和賞が与えられましたが、中国の人権状況はまったく改善されていない。
5.ノーベル賞が創設されて110年ほど経っているが、当初の戦争終結に向けて何らかの取り組みをした人、からもっと幅広く、人権問題に取り組んでいる人など少しずつ趣旨を変えてきた。
6.ワンガリ・マータイさん、あるいはアル・ゴアが受賞したあたりから、またノーベル平和賞の性質が変わってきた。環境問題に取り組んでいる人に平和の賞を与えるというようになった。アル・ゴアは、地球温暖化に対する取り組みをしている。環境が悪くなると、異常気象が起きる。アフリカのようなところでは、食料危機が起きる。食料や水の奪い合いで、紛争や戦争が起こる。環境が悪化しないような取り組みをすることで、戦争の予防につながる。
7.レバノンやヨルダンでも、砂漠が広がっており、木がない。広大な十地を持っていることが一目瞭然でわかるものは生えている木の数を数えればいいと考え、一本一本の木に税金をかけようとした。人々は課税されるのが嫌ですから、木はどんどん切り倒した。イギリスやオランダなど欧州では、中東の「木」に当たるのが「窓」である。金持ちは大きな家に住んでいる。大きな家は窓の数も多いし、サイズも大きい。それに窓税をかけようとしたとたん、窓を小さくする家や、窓を煉瓦で塞ぐ家が続出した。税金の掛け方によって、国や都市の景観が変わる。
8.平利と環境との間に関係がある。戦争は資源をめぐって起こる。砂漠化が進めば、貴重な緑や水をめぐって争いが絶えなくなることが、今の中束情勢が体現している。ワンガリ・マータイさんの植樹活動は、将来資源を奪い合うような紛争や戦争を予防することになる。だから、ノーベル平和賞が贈られた。
9.ワンガリ・マータイさんは、ケニア最大の部族、キクユ族に生まれた。ただ平和裡に木を植えるということをやっていたわけではない。出身部族のせいで、あるときはアフリカの女性らしくない生意気な女であるという理由でさまざまな弾圧を受けました。またあるときは政府にたてつく反抗分子であるという理由で、投獄されたこともあった。
10.世界の平和は、私たちに、自らの生活環境の安全確保を行う能力があるかどうかにかかっている。マータイ氏は、ケニアをはじめとするアフリカ諸国において、環境保護的見地から実現可能な社会・経済・文化的発展を推進する闘いの前線にいる。彼女は総合的なアプローチを採り、民主主義や人権特に女性の権利までを含めた、サスティナブルな開発を目指してきた。世界的視野に立ちつつ、地域に根ざした活動をしている。



yuji5327 at 06:25 
環境 

2016年09月22日

北海道大雪山系「秋の装い」

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北海道・大雪山系
黒岳(1984m)秋の装い
7合目から山頂にナナカマド
紅葉が見頃
紅葉は例年より1週間ほど遅い


yuji5327 at 06:47 
池上湖心の書 

大事なのは、人びとが感じているやりきれなさを、すくい取っていくことである。と思います。そのやりきれない読者への想像力が、いまの日本の新聞にはない。

「五木寛之著:
情の力
五木 寛之
講談社
2002-11-05

情の力、講談社、2002年」の「19:情報とはこころを報ずること」「22:いまの報道には情がない」が面白い。印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.遠い昔の『万葉集』の時代から、日本人は「こころ」という言葉に「情」という字を当てて使ってきた。斎藤茂吉の『万葉秀歌・下』(岩波新書)のなかに、大伴家持の次の歌が紹介されている。
「うらうらに照れる春日に雲雀あがり 情(こころ)悲しも独りしおもへば」
この歌では「情」と書いて「こころ」と読む。情とはこころである。とすれば、「情報」という言葉の意味は、本来は「こころを報ずること」である。
2.現状では数字とか統計とかグラフとか、情報のなかでもっとも次元の低いものが情報と呼ばれている。ウェットからドライへの転換は、アナログからデジタルへの転換、ということにも通じる。
3.IT(情報技術)とかIT社会とかいわれているが、それがめざすのは、究極の乾いた世界である。「情報」という言葉が本来の意味を離れてしまい、デジタルな知識を報ずるとか、数字やデータを報ずるという感じになっている。
4.たとえば、学校の生徒がいじめで自殺した、というような悲痛なニュースがテレビで報じられるとき、先生が映って「生徒のあいだでいじめがあったとい情報は把握しておりません」とか発言する。その「情報」とは、生徒たち一人ひとりの顔をしっかり見て知ったものでない。この子はどういう夢を持っているのか、どういう不安を抱えているのか、というように、こころの状態を知る本来の意味での「情報」ではない。
5.情報とは、「情」をきちんとコミュニケートするからこそ情報という。情というのは、湿り気を帯びた人間のこころである。こころを報ずることのない情報は役には立たない。私たちは、情報についても再考して、ITの時代を「情を伝えあう」時代にしていかなければならない。
6.日本人は大震災でモノが頼りないことを思い知り、オウム真理教の事件でこころも危ういと感じるようになった。ITブームが到来して「情報」という言葉が社会に氾濫している。その情報は数字や統計などに偏っていて、「情」という字の本来の意味である人のこころを伝えるものにはなっていない。
7.いろいろなものが「湿式」から「乾式」に変わり、人の感情まで乾式になってしまい、情が失われてきた。とくに9・11のテロ事件以降、激動する世界情勢を伝える新聞の紙面は、どこか「乾式」である。
8.大事件を報道するとき、テレビのキャスターたちはみな水をえた魚のようにいきいきして、興奮してしゃべっているように見える。ニュースが大きければ大きいほど視聴率は上がるから、その気持ちもわかる。新しい情報が入って横からメモを渡されると、キャスターはすぐに活気づいてしゃべりはじめる。それがどんなに悲惨なニュースであっても、。そういう光景を見ていると、なんともいえない気分になる。
9.新聞も、テロ事件を報道する紙面から、沈鬱さとかため息が、読者の耳に聞こえてこない。行間や見出しに、情が漂っているようなレイアウトがない。戦時中の新聞のように、何機撃墜とか元気よく報道しているような印象さえある。活気づいている様子が浮かんで、とてもいやな感じがする。新聞の紙面に情が感じられない。
10.ごくふつうの主婦の人たちが、アメリカの報復攻撃を受けたアフガニスタンの人びとのことを思って、中村哲さんのペシャワール会に約8億円も寄付をしている。テロにしろ報復攻撃にしろ、21世紀がはじまることはやりきれない、とみんなが強く感じている。
11.大事なのは、人びとが感じているやりきれなさを、すくい取っていくことである。と思います。そのやりきれない読者への想像力が、いまの日本の新聞にはない。こういう時代だからこそ、ため息が感じられるような紙面づくりを期待したい。



yuji5327 at 06:38 
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2016年09月21日

国連総会

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オバマ大統領
国連総会で最後の演説
世界の強硬なナショナリズム
宗教的な原理主義
各国が協調して融和的な国際社会を
核とミサイルの開発を進める北朝鮮
核実験はわれわれ全員を危険にさらす


yuji5327 at 07:17 
池上湖心の書 

同じ国の中で違う部族同士が争うようになる。彼らは「国家」という概念はない。国家という概念は、近代国家になって生まれてきた。

「池上彰著:御茶ノ水女子大学特別講義
世界を変えた10人の女性、文藝春秋、2013年」の「第9章ワンガリ・マータイ」は参考になる。印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.ワンガリ・マータイさんはキリスト教の教育を受けているが、彼女は愛する祖国や、因習や貧困の中にあるケニア女性という同胞のために、何ができるかを考えた。マータイさんは1940年の4月、ケニア中央部の小さな農村部で生まれている。当時ケニアはイギリスの植民地だった。キクユ族という部族の生まれだが、ケニアには42の部族があり、その中で一番人口が多いのがキクユ族である。
2.部族という概念は、山の向こうの人たちや、谷を一つ隔てた人たちとはまったく交流がなく、個々の集落が分断された状態で生活をしてきた。、それぞれの集落だけで通じる独自の言語が生まれ、集落内で結婚を繰り返すことで、顔つきも変わり、言葉も顔つきも違う者同士が出会ったとき、お互いに「あいつらとは話が通じない。まったく別の連中だ」という意識が生まれる。
3.ヨーロッパの国々が植民地支配をするときに、いろいろな部族が暮らしているところに勝手に線を引く。こっちはイギリス、あっちはフランスというようになる。大きな部族であったにもかかわらず、帰属させられた国の中では少数派になってしまうということが起きる。同じ国の中で違う部族同士が争うようになる。彼らは「国家」という概念にはなかなか至らない。国家という概念は、近代国家になって生まれてきた。
4.日本人の中で一つの国家であるという意識が高まったのは、日清戦争(明治27〜28年1894〜1895年)や、日露戦争(明治37〜38年:1904〜1905年)の勝利によってである。やがてラジオ放送が始まり(大正14年:1915年)。そこで東京山の手の言葉をいわゆる共通語として使うようになり、それによって初めて共通の日本語というのが生まれた。東北の人と九州の人が会話をすることができるようになった。
5.日本だって近代国家になってたかだか100年である。いまでこそみんな、共通語を理解することができるが、それはラジオ放送が始まって以降のことである。日本列島として一つの国になったので、一つの共同体が分断されるというようなことはなかった。
6.ケニアの場合は、イギリスの植民地として無理矢理一つの国になったから、国家という意識など最初はなかった。戦後、ケニアはイギリスから独立した。(1963年12月)。そのあたりから、国家意識や国民意識というのが生まれて、初めて近代化の歩みを進める。
7.マータイさんが生まれた1940年当時のケニアは、一夫多妻が普通だった。お父さんは、4人の奥さんを持っていた。マータイさんは2番目の妻の子供である。父親はイギリス人入植者の農場で働いていた。その農場ではさまざまな部族の人たちが働いていたが、マータイさんの父親は運転ができて語学も堪能であり、身長も180センチを超える堂々たる体躯だったことから、イギリス人経営者の篤い信頼を得た。マータイさんは3歳のときにみんなでその農場に移り住み、それぞれの妻と子供たちの小屋が集まった集合住宅で暮らした。
8.その頃の彼女の名前はワンガリ・ムタで、「ムタ」がお父さんの姓で、結婚した相手が「マタイ」だったので、ワンガリ・ムタ・マタイになった。後に、マータイさんは離婚した。夫から自分の姓を使ってほしくないと侮辱され、怒り、社会的な活動を通じてすでにワンガリ・マタイという名前が定着していた。そこでマタイの「a」を一つ増やして、「マータイ」にした。
9.以前は、ここはケニアという国であると言われても、みんな自分たちの部族のことしか考えていなかった。そのために、マータイさんも、さまざまな酷い目にあった。


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池上技術士事務所の紹介
261-0012
千葉市美浜区
磯辺6丁目1-8-204

池上技術士事務所(代表:池上雄二)の事業内容
以下のテーマの技術コンサルタント
1.公害問題、生活環境、地球環境
2.省エネ・新エネ機器導入
のテーマについて、
・技術コンサルタント
・調査報告書の作成
・アンケート調査・分析
・技術翻訳、特許調査
を承ります。
有償、無償を問わず
お気軽に下記にメールをください。
ke8y-ikgm@asahi-net.or.jp

工学博士、技術士(応用理学)、
公害防止主任管理者、
騒音防止管理者の資格で
お役に立ちたいと思います。

池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
・土曜会(グループ展)
 作品展を毎年10月開催
(於:銀座大黒屋)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
・読売書法展(現在理事)
 読売奨励賞
 読売新聞社賞
・謙慎展(現在理事)
 春興賞の受賞:2回
○書道教室
・学生:月曜日
・一般:火曜日、水曜日





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