2019年03月
多くの可能性を秘める量子コンビユーターだが、商業利用は10年以上先である。特にゲート型はいくつもの高いハードルがある。
「広木功(化学工業日報編集委員)著:量子コンピューターが来た、数百年かかる計算を一瞬で、夢の技術の開発・商品化続々、エコノミスト、2019.3.19」は参考になる。概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1.今年1月、米ラスベガスで開催された電子機器の世界最大級の見本市「CES」で米IBMが「史上初の商用量子コンピューター」を発表した。量子計算を行う素子(量子ビット〕数は20個に過ぎず、実験機の範囲を出ない代物ではあるものの、業界の先陣を切ってモデルを示した意義は大きい。同社は1964年に歴史的な汎用コンピューター「システム360」を発表して世界の山場を席巻した。量子コンピューターでも市場を牽引できるか、動向が注目される。
2.IBMが開発を進めるのはプログラムによってさまざまな問題を解ける汎用型の量子コンピューターである。数種類のゲート〔回路)を使うため「量子ゲート型」とも呼ばれる。量子コンピューターの中でも一部の問題の計算に特化した「最子アニーリング型」はすでに商用化されているが、商用ベースでの量子ゲート型ではIBMが「史上初」であり、汎用性の高さを示し午前て多様な潜在二ーズを掘り起こしている。量子コンピューターの計算は、量子力学の「重ね合わせ」と「量子もつれ」という原理を利用する。この重ね合わせという原理は、「シュレーディンガーの猫」のパラドックスとして知られるように、目に見える世界では直感では理解しにくいが、量子のレベルでは誰かが観測するまで複数の状態が同時に存在する。
3.量子コンピューターは、この重ね合わせの効果を使って、現在のコンビユーターでは数百年かかる問題をわずか数秒で解いてしまう。量子計算の理論は35年以上前に提唱されていたが何に使えるのか具体性に乏しく、長らく注目されていなかった。それが実際のビジネスにも役立つことがわかった今、世界中で実用化に向けた開発競争が繰り広げられている。
4.先頭を走る米国ではエネルギー省や国立科学財団などが毎年2百数10億円の投資を行ってきたほか、国防総省も独自のプロジェクトを進めている。それらの成果を企業が活川して、さらに進化を続ける総合力が米国の強みである。老舗のIBM、インテルに加えてグーグルやマイクロソフトといったソフト大手も5、6年前から開発投資を拡大している。
5.米国勢が開発に力を入れるのは、汎用性の高い量子ゲー卜型である。この量子ゲート型では、中国のアリババグループも開発を進めている。現状では、量子ゲート型の本格的な商用化時期は定かになっていない。実際に計算をするためには課題が山積している。正しい解を得るために必要な「重.ね合わせ」が続く時悶〔コヒーレンス時悶)を今よりケタ違いに長くするだけでなく、専用のソフトウエアや計算工ラー訂正手法の開発などで、多くのブレークスルーが必須となっている。
6.日本は研究開発体制こそ米国勢にとても及ばないものの、量子計算の仕組みを既存のコンピューダーに取り人れた新型コンビュータの商川化で先端を行き、独自性では世界のトッブレベルにあ.る。富士通や日立製作所の新型コンピューターは、数年のうちに新薬や新材料の開発、物流合理化などに活躍すると期待されている。
7.現時点で唯一、商用化されている聴予コンピューターは、磁石など磁性体の性質を表す統計力学上の「イジングモデル」の特性を生かし、「アニーリング」と呼ばれる手法で最適な組み合わせを探索するタイプである。東京工業大学の西森秀稔教授が98年に発表した「量子アニーリング理論」から発展したもので、いわば日本発の量子コンピューターである。
8.西森教授は「スピングラス」という磁性体の研究過程でアニーリング理論にたどり着いた。しかし、その理論を基に量子コンピューターを最初に事業化したのはカナダの「Dウェーブ・システムズ」だった。アニーリング型量子コンピューターは、エネルギーが最も小さく安定した場所を探り当て、そこを最適解とする。ほぼ「組み合わせ最適化問題」に特化したコンピューターと言える。
9.組み合わせ最適化問題の一例である「巡回セールスマン問題」では、量子ビット同士の結合の強さを移動距離とすると、結合度合いが最も安定したところが最短の移動距離、つまり最適解と考えられる。この問題の解き方は、山が連なる広大な上地で一番近くの水飲み場を探す場合にも当てはまる。既存のコンピューターでは目の前にあ.る山の形状を一つ一つ計算し、裏側の地形も細かに調べ上げていかねばならない。対してアニーリング型のマシンは「トンネル効果」という量子的な振る舞いを利用し、立ちふさがる山を突き抜けてエネルギーが最も小さい場所、つまりたどり着きやすい最も低地にある水たまりをすばやく探し出せる。
10.アニーリング型マシンは量子ゲート型に比べてはるかに安価で使いやすいが、計算の規模や速度を左右する量子ビット数を増やしにくいことや、コヒーレンス時問の短さなど課題も多い。そこで、日本の電機・IT大手は、既存のコンピューターに使われているシリコンチップにアニーリング型マシンの特徴だけを取り込んだ新型コンピユーターの開発を進めている。先頭を走る富上通は、この新型コンピューターで今後5年間に1000億円の売りヒげを目指している。海外のソフト企業とも協業して物流管理や創薬、がんの放射緑治療などの市場を狙う。H歳製作所も交通渋滞対策などの社会問題を解決しようと新型コンピューターを開発中である。同社は19年2月19日、モノのインターネット(IoT).需要を念頭に置いた名刺サイズのアニーリング型マシンを発表、用途別に品ぞろえを拡充している。
11.ユニークなのは、NTTが国立情報学研究所や大阪大学などと共同開発した「量子ニューラルネットワーク」である。特殊なレーザーを使って量子ビットとなる光パルスを2000個発生させ、光ファイバーを通しながら特定の位相だけを増幅していく。巡回セールスマン問題を解く場合、光パルスを訪問先とみなし、選択的な増幅を繰り返すことで最適解を求める。常温動作や旭模拡張が容易といった利点がある
12.多くの可能性を秘める量子コンビユーターだが、本絡的な商業利用は10年以上先になるとみられる。特にゲート型はいくつもの高いハードルを越えねばならない。また、どんな難題も短時間に解けるイメージが強いが、イジングマシンは最適化問題専用機である。ゲート型も実際には素因数分解と大規慎シミユレーシヨンに用途が絞られる見通しである。このため、既存コンピューターと使い分けるハイブーーッド利用が主流になるとみられる。
13.ハードウエアの閉発だけでなく、ハードを使いこなすためのソフトウエアの技術開発も求められている。西森教授は、日本企業が世界で勝負するには、ソフトウエアに力点を置くべき、と指摘している。
ファーウェイは5G通信技術で現在、世界最先端を行く。安価なため5Gインフラの受注競争でフィンランドのノキアやスウェーデンのエリクソンなどを抑えている。
「金子秀敏(毎日新聞客員編集委員)著:幕引きに入った米中貿易戦争、ファーウエイ排除で米譲歩か、エコノミスト、2019.3.19」は参考になる。
1. 米中両政府の閣僚級通商協議が2月24日終了し、米中貿易戦争は幕引きに入った。トランプ米大統領はこの日、「3月1日」とした交渉期限を延長し、追加関税率引き上げを見合わせるとツイートした。また、知的財産権保護など依然として隔たりのある問題は3月中にも開く習近平中国国家主席との首脳会談で最終合意する段取りも明らかにした。
2. それにしても昨年、世界をあっと言わせて始まったトランプ流の貿易戦争にしてはあっけないフィナーレである。勝者がどちらかはっきりしない。たしかに通商協議の中で中国側は米国産の農産物や液化天然ガス(LNG)の爆買いを約束した。
3、だが「米中冷戦」とまで言われた構造問題で中国側の譲歩はなく、最大の焦点だった華為技術(ファーウェイ)の高速通信技術ではトランプ氏が「米国企業の努力が足りなかった」と引き下がり、第5世代通信規格(5G)の技術覇権争いでは中国側が実質的に勝利したと言える結果となった。
4.今回の閣僚級通商協議の開催は昨年12月、アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれたトランプ氏と習氏の首脳会談で決まった。この首脳会談の最中にカナダ当局が米国当局の要請を受けてファーウェイの孟晩舟副会長を逮捕したため、米中関係は一気に緊張が高まっていた。
5.ファーウェイは5G通信技術で現在、世界最先端を行く。しかも安価なため5Gインフラの受注競争でフィンランドのノキアやスウェーデンのエリクソンなどを抑えて各国に浸透している。しかし、米国では同社の通信機器は中国政府の情報部門に情報を流す恐れがあるとして公務員の使用が禁じられた。米国の働きかけでオーストラリアは5G通信インフラからファーウェイ排除を決めた。
6.昨年10月、ペンス米副大統領が行った「新冷戦演説」のなかで中国製通信機器によるセキュリティーのリスクを取り上げた。ペンス氏は2月のミュンヘン安全保障会議でも、「ファーウェイ製品は中国の国家保安機関に受信した情報を流す」と糾弾。欧州各国にファーウェイ排除を呼びかけた。だがポーランドなどを除き、英独など多くの国はファーウェイの技術を評価し排除に否定的だった。
7.ところが、ミュンヘン会議の数日後、トランプ氏は「5Gだろうが6Gだろうが企業は努力しないと遅れる。米国企業は(中国の)先進的な技術を排除するのではなく、競争で勝ってもらいたい」と、ファーウェイ問題についてペンス氏とはまるで対照的な見解を表明した。この時、中国側交渉団がワシントン入りし、団長の劉鶴副首柑が「習主席特使」としてトランプ氏に面会していた。トランプ氏のファーウェイ排除否定は、習氏に向けた貿易戦争幕引きのメッセージと受け止められた。
8.喜んだファーウェイ首脳は「トランプ大統領の言うとおりだ。わが社はいつでも米国で5G設備で競争する用意がある」とツイートした。中国メディアは、ファーウェイの本社がある広東省深圳で年内に5G通信設備の実用試験に人ると報じた。スペインのバルセロナで2月25日から、携帯通信事業関連で世界最大のイベント「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)2019」が始まった。ファーウェイは折りたたみ式5G携帯端末など新製品を展示。1GBの動画を3秒でダウンロードできる。各国の参加者はトランプ氏の譲歩によって、次世代通信分野では米中戦争は勝負がついたと見ている。
ネクステラ・エナジー社は米国の大手電力会社で、世界最大の再生可能エネルギー電力会社。フォーチュン誌の「世界で最も称賛される企業2019」電気ガス業界部門で第1位である。
「小田切尚登(経済アナリスト)、ネクステラ・エナジー、エコノミスト、2019.3.18」は参考になる。概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1.ネクステラ・エナジー〔NEE)は米国の大手電力会社であ.り、世界最大の再生可能エネルギー(再エネ)電力会社である。1984年にフロリダ州で設立されたが、2010年に再エネに力点が移ってきたことに伴い、社名をネクステラ・エナジーに変更した。米「フォーチュン」誌が発表した「世界で最も称賛される企業2019」電気ガス業界部門で第1位を獲得している。
2.同社は大きく2つの子会社からなる。フロリダ電力電灯会社(FPL)は、会社全体の売り上げの約3分の2、純利益で6割を占める。FPLはフロリダ州最大の電力会社で、法人・個人を合わせて、約1000万の顧客を有する。総発電量2万4500mwの内訳は天然ガス73%、原子力22%、石炭2%となっている。販売は小売り中心で、個人客が顧客数の89%、売り上げでは53%を占める。同州は経済状況が比較的よく、人口も増えているので市場環境としては悪くない。
3.フロリダ州ではFPLの存在感が圧倒的に大きく、2番手のデューク社の3倍近いシエアを待つ。FPLの電力料全は低めに設定されており、個人向け月額電気料金の平均は1000kWh当たりで約1万1000円、18年平均と、フロリダ州平均の約1万3000円、全米平均の約1万6000円よりも、かなり安価である。この価格設定と高いマーケットシェアを背景にして、州内で強い競争力を維持している。19年1月にはフロリダ北西部を地盤とし、46万の顧客を有する電力会社ガルフ・パワーを買収。州内での基盤を盤石のものにした。
4.FPLと並ぶもう一つの柱が、NEEリソーシズ(NEER)である。98年にNEEの再生可能工ネルギー事梁を統合する子会社として設立された。米国36州とカナダ4州で、再エネや天然ガスパイブライン、蓄電プロジェクトなどの分野で、技術開発や施設の建設、運営などをしている。総発電量は2万1000MWで、太陽光や風力発電など再エネで世界最大の規模を誇る。米国最大級の電力卸売会社でもある。5.このNEER傘下に14年,「イルドコ」として設立されたのが、ネクステラ・エナジー・パートナーズ〔NEP)である。イルドコとは、電力会社などが太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギー事業を分離独立させた企業で、再エネの長期売電収入を収益源とする。NEERはNEPの64.4%の持ち分を所有し、マネジャ-〔管理膏)としてNEPのすべての業務を実質的に行いつつ、事業から得た利益を配当として得ている。
6.再エネ事業の流れとしては、まずNEERが太陽光や風力などの発電施設を建設。完成後、大口顧客と長期契約を結んだところで、NEPにその発電所を売却する。この方式で、NEPの事業リスクを抑えている。NEPの電力供給量の内訳は、風力59%、原予力33%、太陽光7%などである、事業の中心は風力発電で、4720MWの発電最を誇る。ほかには太陽光発電の施設と天然ガスのパイプライン、原子力発電所4ヵ所を保有する。
7.FPLとNEERは、対照的なビジネスモデルと言える。FPLは従来型の電力会社としてフロリダ州のさまざまな現制のもと、安定的な利益を生んできたが、これから利益を大きく伸ばすことは難しい。一方、NEERは再エネに特化する子会社であり、リスクは高いが,利益を大きく伸ばせる可能性がある。この二つをバランスよく展開して、事業を拡大していくというのがNEEの戦略である。12年から最高経営責任若〔CEO)としてNEEの指揮を執るのは、米GE〔ゼネラル・エレクトリック)の金融部門にいたジェームズ・ロボ氏である。ロボCEOは経営を数字で管理することにたけている。クリーンエネルギーのビジネスが牲々にして政治や世論に巻き込まれやすい中、マスメディアに出るのを好まず、着実に利益をあげている経営者として、証券関係者の評価が高い。
8.NEEのような電力会社に投資する際のリスクは、大きく2つある。第1に多額の設備投資を必要とする事業であるため、借り入れ依存度が高くなること。金利の上昇局面では収益が悪化する可能性がある。第2は自然災害をはじめとする大規模災害のリスクである。18年にカリフォルニア州で大規模な山火事が起きた際、出火原因とされた電力大手パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック・カンパニー(PG&E)は、巨額の賠償負担を求められて経営が悪化.破産法の手続きを取っている。17年9月の超大型ハリケーン「イルマ」による被害は、同社の経営を揺るがすことはなかったが、こうした大規模災害のリスクが常につきまとう。このほか、再エネ事業に関しては、政府や自治体からの補助に頼る部分が大きい点も忘れてはならない。米国では風力や太陽光の発電に対してタックスクレジット〔税控除〕を受けられる,しかし、こうした優遇制度は徐々に減らされる傾向にあり、
9.すでに19年以降に建設される風力発電所については、国の税控除が受けられないことが決まっている。とはいえ、電力業界において、NEEは有利な立場にある。高い資本力に如えて、再エネ発電の規模、運営のノウハウなどを持っており、競争力がある。さらに、風力発電については、最も良いロケーションを押さえていると業界内で評価されている。現時点の債券格付けも、大手格付け機関が投資適格な債券と判断している。
10.米株式市場でも有望銘柄の1つに数えられている。株価は過去10年近くにわたって、ほぼ右肩上がりを続けてきた。18年12月には約2万円台半ばから170ドルを割る水準まで株価が急落したが、19年に入ってからは再び値を戻している。他の電力会社の株価が低迷している中、好対照の動きを見せている。
11.配当金も着実に増やしており、19年第1四半期(1〜3月)配当金についても1株当たりドルから1.25ドルへ増額することを発表したばかりだ。それでも配当性向(当期純利益に対する配当金の割合)は56%で、これは同業他社に比べて低い水準にあり、配当を増やせる余地がある。継続的に株価が上昇してきた今なお、多くの証券アナリストが売買予想で,「買い推奨」をつけている。
2019年03月27日
中国の高齢者向けサービス(医療、医薬、介護、衣食住、教養、娯楽など)の市場規模は、l10兆円を超え、今後急拡大し、介護が一大産業になり、市場開放はさらに進む。
「高田智之(ジャーナリスト)著:中国で進む高齢化、在宅ケアに限界、介護人材の育成が課題、週刊ダイヤモンド、2019.3.16」は参考になる。概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1. 日本は高齢者福祉で豊富な経験を積んでいる。2018年5月の日中平和友好条約締精40周年記念行事における李克強首相のスピーチの一節である。中国政府ほ国内の高齢化問題に神経をとがらせている。同国の65歳以上の高齢者は、18年に1億6658万人となり、日本の総人口を上回った。総人口に占める高齢者の割合は11・9%で、国連が「高齢社会」の目安とする14%に近づくのも時間の問題になっている。
2. 中国国家情報センターによると、50年には3人に1人が65歳を超え、アルツハイマー病患者は1000万人に上る見通しだ。要介護高齢者はすでに4000万人を超えている。親族扶養の伝統から、コミユニティーや施設での介護は10%程度にすぎない。だが、一人っ子政策の影響で、4人の親を夫婦で支えなければならず、親族での介護には限界も見えてきた。
3. 中国では、26の省と市が医療、介護分野を外資にも開放し、日本や欧米の高齢者向けサービス企業の誘致に懸命になっている。日本の介護用品メーカーや日立グループ、パナソニックなどが、中国のパートナー企業と組む形ですでに中国進出を果たしている。
4. 他方、中国は介護人材の育成においても、日本に関心を寄せている。今年一月、中国外交部傘下の中国アジア経済発展協会養老産業委員会は「中日看護・介護交流計画」を立ち上げ、日本へ研修生を派遣して、看護、介護技術を学ばせる方針を打ち出した。
5. 4月には日本に介護市場視察団を派遣し、東京・横浜(神奈川)・大阪で介護施設の視察や意見交流会、先端技術の勉強会などを予走している。
6. 中国ではこれまで介護を出稼ぎ女性に頼ってきたが、今後は数千万人規模の専門職が必要とされる。
7. 政府系シンクタンクの産業研究院によると、高齢者向けサービス(医療、医薬、介護、衣食住、教養、娯楽など)の市場規模は、日本円換算でl10兆円を超えた。今後5年間は年率17・1%の伸びで急拡大する見通しだという。介護が一大産業になり、外資への市場開放はさらに進むかもしれない。
業務命令でもなく、自分の所属する会社や組織のためでも、副業でもなく、自らの強烈な問題意識を共有する仲間が集まることで、真っさらな気持ちで産業を注視することができた。
「校條浩著:シリコンバレーの流儀、有志4人組が教えてくれたこと、週刊ダイヤモンド、2019.3.16」は参考になる。概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1. 今、シリコンバレーには日本の自動車業界とIT業界から熱い視線を集める4人組がいる。彼らは「シリコンバレーDI―Lab」(以下、D-Lab)。これまでに彼らが発表した3つの報告書は、両業界の幹部が舐めるように読んだといわれる。
2. 2017年に発表された最初の報告書「モビリティ業界に起こる変革とチャンス」は、シリコンバレーの識者に聞き取り調査を行い、まとめられた。自動車とIT業界が「モビリティサービス」という、モノからサービスへの大変革を迫られていることを、丹念かつ強烈に語ったもので、100ページを超えるが、17万ダウンロードを記録した。
3. D-Labは会社でもNPOでもない。シリコンバレー在住の有志グループである。ジェトロサンフランシスコの下田裕和氏、在サンフランシスコ総領事館(当時)の井上友貴氏、パナソニックの森俊彦氏、トーマツベンチャーサポートの木村将之氏である。それぞれの仕事を持ちながら、週末などに集まつて調査や議論を重ねてきた。
4. 最初の報告書は、電気自動車や自動運転、インターネットに接続された自動車、自動車共有サービスなどが中小企業にどのようなインパクトを与えるかという問題意識で書かれた。続いて2回目の報告書では大企業における新規事業開発に注目。3回目の最新報告書は「シリコンバレーから見えてきたMaaSの世界」と題され、自動運転などの個々の技術革新が、モビリティというサービスに統合されていく最新の流れに焦点を当てている。
5. これらの報告書で貫かれているのは、日本の既存産業にとって喫緊の課題に真正面から切り込み、強烈な危機感を伝える姿勢である。このような大きな課題に真正面から取り組み、インパクトのある報告書が生み出されたのは、D-Labが有志のグループだったからである。業務命令でもなく、自分の所属する会社や組織のためでも、副業でもなく、自らの強烈な問題意識を共有する仲間が集まることで、真っさらな気持ちで産業を注視することができた。
6. 「活動の主語は日本であり、自社ではない」という彼らの目線の高さが、企業の壁を越えたビジョンの考察を可能にした。また、多くの専門家が核心に迫る話を共有してくれたのも、D-Labが有志グループだったことが大きい。シリコンバレーのトヨタ自動車の戦略部隊、トヨタ・リサーチ・インスティテユートを率いるギル・プラット氏という大物が、快く面会に応じてくれたのはいい例である。パナソニックの森氏によれば、高度成長期の電機産業では競業企業の従業員同士.が会うことすら許されなかったという。
7.4人が抱いていたのは、「ここで起きているような激変に対して日本は危機感がなく、このままでは早晩大変なことになる」という思いである。有志グループは利害関係がない分、よほど強い共通の志や危機感、問題意識がなければ活動は続かない。4人の場合は切迫した危機感が共通していたからこそ、本業で多忙を極める中でも、週末をつぶして議論し続けることができた。4人に聞くと、この共通項が共鳴し合い、次第に活動が面白くて仕方なくなり、活動はスパイラル状に高まっていったという。危機感を抱いたきっかけは、4人それぞれの実体験がベースだ。木村氏は日本でベンチャー関連のコンサルティングを本業にしていたため、シリコンバレーに関する知識は持っていた。だが、実際に来てみると、自分の知っている世界とはまった≦遅ったという。既存の産業を破壊するようなベンチャー企業がひしめき合っている様子に衝撃を受けたのである。
8.森氏もまた、同じように衝撃を受けていた。森氏は、パナソニックで長くビデオカメラの事業部に属していた。同社の製品は世界最高の性能を持ち、カメラの中にあらゆる機能が詰まっていた。ところが、「GoPro」という小型で安価なビデオカメラが登場すると、あっという間に市場をひつくり返されてしまった。これは、コンピューターの圧倒的な進化により、ビデオのような扱いの難しいコンテンツを大量に保存し、簡単に編集・再生できるようになったことと、インターネットの普及によりビデオコンテンツを多くの人が共有できるようになったことに起因していた。ビデオカメラというハードウエアから、コンテンツを扱うソフトウエアとネットワークへ主戦場が移ったのである。日本のビデオカメラメーカー各社はこのパラダイム転換に気付くのが遅れ、敗退してしまった。
9.森氏はシリコンバレーに来て、「自動車業界も自分が見たビデオカメラ事業での転換失敗の風景と同じだ」と感じた。経済産業省から出向している下田氏と井上氏の2人の活躍も、D-Labには欠かせない。役人は予算を持って民間企業を巻き込み、トツプダウンで施策を実行する。だが、それは現状の延長線上のものになる。だが2人は予算や前例から離れ、役人の"よろい"を脱いだことで、D-Labというこれまでどこにもなかった取り組みが生まれた。4者4様の実体験から得た危機感は、日本の産業界がつい陥ってしまう悪弊を吹き飛ばそうとしている。悪弊とは、目の前で起きていることを直視せず、産業転換の兆しから目をそらす態度である。4人の危機感は「イノベーションのジレンマ」を克服する鍵だともいえる。イノベーションのジレンマとは、既存の事業領域が大きく、自社の立場が強固であるほど、新しい動きには鈍感となること。多くの日本企業が、このジレンマに陥っている。日本企業の間では今、シリコンバレー進出がブームだ。しかし、拠点をつくっても、目の前で起きている激変をひとごとのように思い「見ようとしない」。DILabの報告書に共感するだけでなく行動したい。