2020年05月

2020年05月31日

変わる世界米中の対立

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トランプ大統領
香港の優遇措置停止
米中対立さらに深刻化
香港 抗議活動
香港への統制を強める中国への対抗措置
貿易などの優遇措置を停止
当局者に制裁を科す方針を発表
中国がこれに反発
両国の対立はさらに深まる
トランプ大統領は、秋の大統領選挙を念頭
中国全人代=全国人民代表大会
香港での反政府的な動きを取り締まる「国家安全法制」


yuji5327 at 06:57 
池上湖心の書 

当時の彼らの支配地域はイギリスと同じくらいの面積があったが、どこの国も国家として認めなかったので、「自称イスラム国」や「IS」と呼ばれた。


「池上彰著:一気にわかる池上彰の世界情勢2020 毎日新聞出版 2020年1月10日」はわかりやすく、は参考になる。第4章中東・アフリカの印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.中東のイラクからシリアにまたがる地域を占領して国家を名乗った過激派は支配地域を大きく減らした。しかし、過激な考えを持つ勢力は、別の場所に拠点を築こうとしているが、力だけで抑えることは無理である。
2.2014年、中東のイラク第2の都市モスルを占領した過激派は、「イスラム国」を建国したと宣言した。この過激派は、イラクから西隣のシリアの広い範囲を占領して、シリアの都市ラッカを首都だと宣言した。彼らはイスラム過激派である。自分たちの考える理想のイスラム教の国家をつくろうとして、「イスラム国」という名前にした。彼らは自分たちの言うことを聞かない者は容赦なく殺してしまうという極端な行動をとることから、イスラム教徒たちからは、「彼らはイスラムを名乗っているけれど、イスラム教徒ではない」と批判されている。
3.当時の彼らの支配地域はイギリスと同じくらいの面積があったが、どこの国も国家として認めなかったので、「自称イスラム国」や「IS」と呼ばれた。彼らはもともとイラク国内の小さな組織だったが、2011年、シリアで民主化運動が始まり、それが内戦状態になると、シリアに仲間を送り込んだ。シリアでは、独裁者のアサド大統領の支配に反対する人たちが民主化運動を始めると、アサド大統領は、これを弾圧。怒った人たちは、武器を取ってアサド政権軍と戦い始めた。
4.この人たちを、周辺のサウジアラビアなどの国が応援して、武器や資金を送り込んだ。イラクの過激派は、これに目をつけ、民主化を求める人たらを攻撃して武器や資金を奪い、豊富な資金で仲間を増やし、イラクに戻ってきた。さらに油田を占領して石油の密輸を始めて、資金を稼いで、自分たちの巨大な国家を建設しようとした。インターネットなどで「我が国に来て、一緒に戦おう」と呼びかけた。これに応え、世界各国から大勢の若者が集まった。
5.当初はISを支持した人たちも、ISがあまりにひどいことをするので、逃げ始めた。周辺の国々やアメリカなどもISに対する攻撃を始めた結果、イラク軍は、モスルをISから奪い返した。シリアのラッカも、攻撃している人たちによって、ISから奪い返すことに成功した。アメリカは2019年10月、ISの最高指導者、アブバクル・バグダディが作戦によって死亡したと発表。後にISもそれを認めた。
6.追い詰められたISは、「自分の住んでいる国でテロを起こせ」と呼びかけた。その結果、イギリスなどヨーロッパ各地でテロが相次いだ。ヨーロッパなどには、「自分は何のために生きているのだろう」などと人生に悩んでいる若者が大勢いる。この人たちにとって、ISの考え方が魅力的に見えた。ISがいかにイスラム教と無関係かを若い人たちに知らせると共に、若者の悩みに応えられるような仕組みをつくることが再発防止になる。




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2020年05月30日

新しい生活様式

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新型コロナウイルス感染症専門家会議
感染の状況が厳しい地域
新規感染者数が一定水準まで低減するまで
徹底した行動変容の要請
再度感染が拡大する可能性
感染拡大を予防する新しい生活様式
行動変容の重要性
手洗いや身体的距離確保
3つの密を徹底的に避ける
人との接触を8割減らす


yuji5327 at 06:41 
池上湖心の書 

イラク国内では、アメリカがフセイン政権を倒し、バース党の軍隊や警察の幹部や学校の先生など、すべての公職のバース党員は、全員クビにされ、スンニ派の支配が終わった。


「池上彰著:一気にわかる池上彰の世界情勢2020 毎日新聞出版 2020年1月10日」はわかりやすく、は参考になる。第4章中東・アフリカの印象に残った部分の概要の続きを自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.イラク国内には、アメリカがイラクを攻撃したことを恨んでいる人たちがいる。アメリカは、フセイン政権を倒した後に一党独裁政党のバース党(アラブ社会主義復興党)の党員を公職追放する。それまで、軍隊や警察の幹部や学校の先生など、すべての公職はバース党員だったが、公職追放により、一夜にして全員クビにされてしまった。これにより、スンニ派の支配が終わった。
2.アメリカがイラクで選挙を実施するが、シーア派が人口の6割を占めるので、シーア派の国会議員が大量に誕生し、軍隊も警察もシーア派になった。シーア派が公職を占めるようになるとスンニ派への復讐が始まった。スンニ派の住民が警察官に殺されるなど弾圧が始まった。アメリカやシーア派の支配に不満を持つスンニ派の人たちは武器を持ち、武装勢力を形成した。この武装勢力は、真正面からぶつかると、アメリカ軍にはかなわない。イラク国内が大混乱になれば、アメリカ軍はイラクを支配することをあきらめて出ていくだろう、と考えるグループも生まれ、わざとイラク国民同士が敵味方に分かれて争うように仕向けた。
3.このような流れのなかで、イラクのスンニ派のなかから、イスラム過激派のイスラム国(IS)という勢力が誕生した。イスラム過激派とは、自分たちの極端な考え方を武力を使ってでも人に押しつけようとするグループのことである。イスラム教は「アッラー」(アラビア語で神様)の言いつけを守り、正しい行いをしていれば、やがて神様の審判を受けて天国に行くことができる、と信じる宗教である。多くの信者は穏やかに暮らしているが、宗教は、違う解釈をする人たちが出てきて分裂することがある。そのなかには「この世ではひたすらアッラーのことだけを考えて生活しなさい。天国に行ってから楽しみなさい」と教える人たちがいる。彼らは「イスラム原理主義者」と呼ばれるが、この考え方を無理やり他人にも押しつけようとするのがイスラム過激派である。
4.イスラムの教えを貫く戦いで死んだら、すぐに天国に行ける、と信じている。いまのイラク政府はシーア派が占め、スンニ派のことを考えない政治をしているとしてスンニ派の国民が不満を持っている。イスラム国はこうしたスンニ派の支持を得て、勢力を拡大した。
5.2011年には中東各国で反政府運動が起き、独裁政権が相次い崩壊した。中東のアラブ諸国では、長年の独裁に反対する市民たちの集会が続き、チュニジアやエジプト、リビアで独裁政権が倒れた。チュニジアの大統領は国外逃亡。エジプトの大統領は裁判にかけられ、リビアの最高指導者は殺された。こうした民主化運動は、「アラブの春」と呼ばれた。
6.この運動が、シリアにも飛び火したが、独裁者のアサド大統領は、軍隊を使って、民主化を求める市民を弾圧。子どもを含む6000人以上が殺された。シリアの多数派はスンニ派だが、アサド大統領は少数派のアラウィー派である。アラウィー派はシーア派の一派に分類される少数派である。少数派のアラウィー派が多数派のスンニ派を支配する構図になっていた。
7.シリアの「アラブの春」はスンニ派とアラウィー派の対立へと変わっていった。また、「アラブの春」で立ち上がった住民を弾圧したアサド大統領の軍隊のなかで、自国民に銃を向けることに不満を持った人たちが、アサド大統領と戦う反政府勢力の「自由シリア軍」を結成した。こうして、アサド政権と自由シリア軍の間で内戦状態になった。
8.民主化を支援するアメリカやイギリス、スンニ派のサウジアラビアとカタールは、自由シリア軍を支援し、シーア派のイランと、シリアに基地のあるロシアは、アサド政権を支持した。イラクのイスラム国(ISI)は、シリアの内戦を好機と考えて、イラクとシリアのイスラム国(ISIS)と名前を変え、シリアに進出した。シリアでISISは、アサド政権のみならず、アメリカなどが支援する自由シリア軍をも攻撃した。自由シリア軍からアメリカなどの最新兵器を奪い、勢力を拡大していったISISは、その武器を持ち、再びイラクに戻り、「IS」に名前を変えた。フセイン元大統領の死刑で過去のことを終わらせ、イラクという国を立て直そうとしたはずなのに、かえって対立を激しくさせてしまった。



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2020年05月29日

再流行の阻止課題

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コロナ第2波
今は「うまくいっているだけ」
緊急事態宣言解除
油断をすれば、「第2波」はすぐ来る
世界保健機関(WHO)
性急に感染拡大防止策を解除
直ちに第2のピークが訪れる
スペインかぜ第2波、致死率は10倍
第2波の兆候を捉える方法
感染者の排泄物
下水道のモニタリング
感染者が増えても医療崩壊が起きない体制


yuji5327 at 06:57 
池上湖心の書 

アサド政権にすれば、空爆したら建物が破壊され、再建に時間がかかる。毒ガスなら人を殺しても建物に被害は及ばない。


「池上彰著:一気にわかる池上彰の世界情勢2020 毎日新聞出版 2020年1月10日」はわかりやすく、は参考になる。第4章中東・アフリカの印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.中東シリアのアサド政権が、国内の反政府勢力に対して化学兵器を使った疑いが出て、2018年4月、アメリカとイギりス、フランスが共同で化学兵器の関連施設に対してミサイルを撃ち込んだ。新たな戦争が起きる恐れがあるにもかかわらず、攻撃した理由は、化学兵器が非人道的兵器だからである。「非人道的兵器」とは不思議な言葉で、人を殺す兵器を人道的と非人道的に分けることができるのかと思う。
2.戦争にもルールがある。戦争で攻撃していいのは戦闘要員、兵隊だけである。兵隊は、お互いに殺し殺されることを覚悟しているからである。一般市民にはそんな覚悟はない。女性や子どもたちには戦闘能力もない。こういう人たちを戦闘に巻き込んではいけないというのがルールのひとつである。化学兵器つまり毒ガスは、兵隊や一般市民を区別することなく大勢の人を殺してしまう。息ができなくなって苦しみながら死ぬという残虐なものである。こういう兵器は「非人道的」として禁止されている。
3.そのルールをアサド政権が破った疑いがある。もしアサド政権の毒ガス使用疑惑を放っておけば、他の国でも毒ガスが使われるかもしれないので、それを阻止するためにも、使った国には警告を与えることである。イギリスやフランスが攻撃に参加したのは、ヨーロッパが戦場になった第一次世界大戦の苦い経験があるからである。当時は、空爆ができる飛行機もなければ、ミサイルもなかった。戦場でにらみあい、なかなか戦闘に決着がつかないとき。使われたのが毒ガスである。農薬をつくる技術があれば、毒ガスもつくれる。ドイツやフランスは、互いに相手を毒ガスで攻撃した。毒ガスを風上から流すと、兵士たちが隠れている場所に音もなく達する。毒ガスを吸った人は、呼吸ができなくなり、苦しみながら死んでいくのは悲惨である。これを見た人たちは、二度と毒ガスが使われてはいけないと考えた。
4.毒ガスをアサド政権が使った理由は、使われた場所は、首都に近い場所である。アサド政権にしてみれば、空爆したら建物が破壊され、再建に時間がかかる。毒ガスなら人を殺しても建物に被害は及ばない。自分たちがこの地域を取り戻した後で、再建に手間取らないで済むようにと考えた。毒ガスを使うと、相手に大変な恐怖を与え、敵を追い払おうと考えた。理由はどうであれ、自国の国民に対して毒ガスを使う政府とは、恐ろしい。
5.「イスラム国」が誕生したのは、フセイン独裁政権時代に抑えていた民族間対立が噴出したからである。2006年12月30日にイラクのサダム・フセイン元大統領の死刑が執行された。フセイン元大統領は、2003年にアメリカ軍がイラクを攻撃してフセイン政権を倒すまで、24年間、イラクの大統領だった。独裁者でいられた理由は、選挙でも、自分以外に大統領選挙に立候補しそうな人物が現れると、すぐに逮捕したり殺したりするので、誰も立候補できなかった。このため、立候補するのはいつもフセイン元大統領1人だけで、国民は、フセイン元大統領を支持するかしない。投票に行かないと、「フセインを支持していないのだな」とにらまれるので、みんな投票に行く。投票用紙には番号がつけてあって、誰が投票したかわかるようになっている。こうして大統領を続けてこられた。
6.イラクという国には、アラブ人とクルド人という民族が住んでいる。国民のほとんどはイスラム教徒だが、キリスト教徒も住んでいる。アラブ人は、同じイスラム教徒でもスンニ派とシーア派という2つのグループに分かれている。アラブ人のうち、シーア派は全体の6割でスンニ派は2割である。シーア派の方が人数は多いが、フセイン元大統領はスンニ派だった。自分と同じスンニ派を大事にして、大勢の仲開を政治の重要な地位につけた。
7.一方、シーア派の人たちのことは信用せず、ことあるごとにいじめた。大勢の人たちが殺された。アメリカは、イラクが大量破壊兵器をつくっていると疑って、2003年、イギリスと共にイラクを攻撃した。これが「イラク戦争」である。イラク戦争でフセイン政権が倒れると、シーア派を中心としたマリキ政権ができて、フセイン元大統領を裁判にかけた。その結果、1982年にイラク中部のシーア派の人たちが住む村を軍隊で攻撃して、148人の村人を殺した罪で死刑判決を受けた。フセイン元大統領が死刑になる様子を、携帯電話のカメラで撮影していた人物がいて、この映像と音声がネットで広く流れた。このなかでは、死刑を行う人たちが、元大統領に対して、「地獄に落ちろ」などとののしっている様子が映っていた。シーア派の指導者の名前を叫んでいる声も入っていた。こうなると、元大統領の死刑は、イラクという国家が正式に行ったのではなく、シーア派の人たちが、仕返しのためにやったように見える。イラクの国内外のスンニ派の人たちが「公正ではなかった」と怒った。



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2020年05月28日

塔ばかり見えて東寺は夏木立

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一茶句
長谷川櫂解説
30代の一茶
九州まで7年に及ぶ旅
京の都の印象
鬱蒼と茂る夏木立
そびえ立つ黒い塔
200年前も今と変わらぬ風景
(読売新聞2020.5.26より)

yuji5327 at 06:40 

アフリカには54もの国があり、貧しい国もある。内戦が続いている国もある一方で、平和で豊かな国もある。


「池上彰著:一気にわかる池上彰の世界情勢2020 毎日新聞出版 2020年1月10日」はわかりやすく、は参考になる。第4章中東・アフリカの印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.アフリカ北東部で紛争の絶えなかったエチオピアとエリトリアの和平を実現させた若き指導者アビー・アハメド首相が、ノーベル平和賞を受賞した。ノーベル賞は、ダイナマイトを発明したスウェーデンのアルフレッド・ノーベルの遺言で誕生した。ノーベルは、工事が楽に進むようにとダイナマイトを発明して大金持ちになった。
2.ところが、ダイナマイトが戦争に使われてしまったことを悔やみ、人類の進歩に役立つ発明をした人に贈る賞をつくるように遺言した。賞金はノーベルの遺産が充てられている。100年以上も前の遺産が、いまも残っているわけではなく、専門家が投資をするなどして減らないようにしている。物理学賞や化学賞はスウェーデンで選考されるが、平和賞だけはノルウェーの委員会で決まる。これは、ノーベルが亡くなる直前、隣国のノルウェーとの関係が悪化したことを心配して、あえてノルウェーに平和賞を選ぶように頼んだからといわれている。
3.エチオピアやエリトリアはアフリカ大陸の北東部の突き出した地域にある。ここは、まるでアフリカに角が生えているように見えるので、「アフリカの角」と呼ばれている。--
エチオピアの隣国エリトリアは、かつてはエチオピアの一部だったが、独立戦争の結果、1993年に独立した。ところが、両国の境のバドメという村がどちらの国のものかを、巡って争いになり、約10万人が犠牲になった。「アフリカの角」は、紛争が絶えない場所というイメージが定着していた。
4.受賞したアビー首相は43歳。41歳で首相に選ばれると、それまでいろいろな自由が制限されてきたエチオピア国内で言論の自由や政治的な自由を拡大した。さらに対立していたエリトリアに飛んで、イサイアス大統領と会談。バドメをエリトリアのものだと認めた。エチオピア国内には「バドメはエチオピアのものだ」と主張する人たちがいたのに、大胆に妥協した。これにより、20年間続いてきた両国の紛争は解決した。さらにエチオピアの近くで対立していたソマリアとケニアの関係改善に努力したり、スーダン国内の対立を収めようとしたりしてきまた。これにより「アフリカの角」は平穏になった。
5.しかし、アビー首相はバドメをエリトリアのものだと認めたために「裏切りだ」と怒る過激派によって命を狙われたこともあった。言論の自由や政治的自由を認めたことで、かえってエチオピア国内で混乱も起きています。それでもノーベル平和賞委員会は、国内に敵をつくっても平和実現に努めている首相を高く評価した。これからは国内の紛争も解決する、という期待もある。
6.アフリカには54もの国があり、貧しい国もある。内戦が続いている国もある一方で、平和で豊かな国もある。アフリカをひとまとめにして、貧しくてかわいそうとはいえない。アフリカ北部にサハラ砂漠という広い砂漠がありま、砂漠の北と南では、アフリカの様子は大きく異なる。サハラ砂漠の北は、ヨーロッパに近く、ヨーロッパ諸国との貿易も盛んで、かなり豊かな国もある。サハラ砂漠の南側は、貧しい人たちが暮らす国が多く、エイズの予防法を知らず、患者が増え続けている国もある。ダイヤモンドやウランなど、貴重な資源に恵まれている国もあるが、その資源を巡って争いが起きる国もある。
7.アフリカの国々には、1990年頃までは外国からたくさんの援助が寄せられていたが、理由は「冷戦」が関係していた。いまのロシアは、以前はソ連といい、アメリカと厳しく対立し、世界はソ連グループとアメリカグループに分かれて、冷たくにらみ合う関係だった。2つのグループは、少しでも仲間の国を増やそうとして、アフリカの国々に競って援助をした。ところが、ソ連という国がなくなり、冷戦が終わると、アメリカも、ソ連から変わったロシアも、アフリカへの援助をやめてしまった。
8.日本は、両国に代わって援助しようと考え、そのための会議を1993年に東京で開いた。これが「アフリカ開発会議(TICAD)」である。それ以来、5年ごと、2013年からは3年ごとに開かれている。日本としては、困っているアフリカの人々を助けようと考えたのだが、同時に、国連のなかで日本の味方をしてくれる国を増やそうとした。アフリカには54もの国があるから、日本は国連のなかで強い立場をとれる。
9.そのうちに中国がアフリカへの援助を始めた。アフリカには、プラチナや石油など資源が豊富にあり、中国は、こういう資源がある国に援助をして、資源を買おうとしている。中国のアフリカへの支援額は急速に増えて、日本を超えた。



yuji5327 at 06:29 
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2020年05月27日

緊急事態全面解除

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当面は在宅勤務続ける企業も
日本有数のオフィス街、東京 丸の内
緊急事態宣言が解除された26日朝
以前のように大勢の人たちが
一斉に会社に向かう通勤風景は見られなかった。
印鑑を押すための出勤
原則テレワーク
出社する社員を3割程度におさえ
まだ感染の不安もある。
全国7400人の従業員のうち8割以上がテレワーク
の会社もある。


yuji5327 at 06:33 
池上湖心の書 

アメリカが民主主義の国であっても、国民が理解していなければ、よりよい選択と、よりよい国づくりはできない。だから勉強して、自分たちの代表を選ぶ目を養うことが大切。


「池上彰と増田ユリヤ著:ハーレムの教育がすごい・・・アメリカ、PRESIDENT 2020.6.12」は面白い。概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1.アメリカの大.統領選挙を取材していると、国の代表を決めるプロセスに寄り添うような気持ちになる。何度取材しても楽しいし、羨ましい。自分たちで直接リーダーを選ぶからである。ニューヨークのハーレムにある「デモクラシー・プレップ・バプリックスクール」を取材した。初めて行ったのは2012年で、小学校から高校まである、中学校には6年生から8年生まで320人が通っていた。チャータースクールといって、市民や保護者が立ち上げて、公的なお金をもらって運営する学校で、私立と公立の中間のような学校。
2.政治家志望だったセス・アンドリューさんという青年が、06年に29歳で開校した学校である。韓国や南アフリカで英語教員として働くなかで、やる気も熱意もないアメリカの公教育には期待できないと考え、自分で学校をつくった。全教室に貼ってある校訓が「一生懸命に勉強して、大学に行って、世界を変えよう」である。校名にデモクラシーがついている。
3.「アメリカが民主主義の国であっても、国民が理解していなければ、よりよい選択と、よりよい国づくりはできない。だから勉強して、自分たちの代表を選ぶ目を養うことが大切」というのが、セスさんの話である。わざわざハーレムという地域を選んだのは、「教育環境を整えるという意味で、可能性を持つ場所だから」だという。
4.ニューヨークの高校には入り口に金属探知機がある。生徒に銃を持ち込ませないためである。特にハーレムといえば、かつては黒人のスラム街で、治安の悪い地域だった。暴力やいじめを受けて公立の学校から逃げてきたような、勉強も覚束ない生徒が多かったが、この学校に入ったらみんな成績がよくなったので、評判になった。制服があるし、時聞割は分刻みだし、軍隊のように列を作って教室間を移動するなど、規律を重んじる点も特徴である。
5.アメリカらしくない学校である。入学は抽選で決まり、ウェイティングリストに5000人の名前がある人気ぶりである。ニューヨーク市教育局から、教育内容についてレベルAという最高評価も受けている。
6.どの学年も、毎週金曜に政治を学ぶ授業がある。ディべートをしたり、市議会に行って自分たちの主張をプレゼンしたりして、社会と政治の仕組みや政策を学んでいる。特に実践的な学習が、選挙である。いまは日本も同じになったが、18歳で選挙権が得られるから、高校在学中に投票できる場合が多い。12年11月には、ちょうど大統領選挙があった。民主党の現職オバマ大統領対共和党のロムニー候補だった。この学校の生徒たちにとっては、願ってもない学習機会である。18歳になった子は、有権者登録をして投票に行く。高校生は投票所でアルバイトをしたり、小中学生は街に出て投票を呼びかけたりする活動をしていた。
7.小学生が着ているTシャツのプリントは、「私は投票できないけど、あなたはできるのだから、投票に行って」と、大人に訴えている。この学校は政府の支援を得て、拡大を続けている。12年度に15校に拡張するための援助金が出た。2年後には、ワシントンDCやルイジアナ州などでさらに25校を開校できるだけの援助金の支給が決まっていた。創立者のセスさんは学校を離れたので、どうなったかなと思い、去年取材に行った。
8.すでにハーバード大に合格したという生徒に会った。エリート校みたいになってしまったようだが、バトンルージュやラスベガスなど、学校は全米に広がっている。8年前の大統領選挙といえば、アイオワ州のある公立高校で共和党の候補者たちの演説会を取材した。1人の候補者が「11月に有権者になっている人は?」と尋ねたら、生徒の3分の1くらいが手を挙がった。すると「ぜひ私に1票を!」と言う。日本の公立高校で、特定の政党に限った演説会なんかやったら、大問題になる。担当の先生に「共和党の候補者だけ招いた演説会で、公平性に問題はないか?」と質問した。答えは「共和党しか候補者選びをしてないんだから当然」というので黙るしかなかった。
9.スカラスティックという教育出版社は、「子どもだけを調査対象にした」という選挙予測をやっている。1940年に始めて、大統領選挙については2回しか外したことがない。家庭では本音を言うから、親が誰に投票するか、子どもに聞けばわかる。結果的に、その予測は当たる。
10.48年の民主党のトルーマン再選と、60年に共和党のニクソン前副大統領が民主党.の新人ケネディに敗れたときである。この出版社は、全米50州に子ども記者も置いている。当時12歳のフレッド君は、12年の大統領選挙当日、ABCテレビのアンカーマンにインタビューし、「前回と今回の選挙の違いについて質問した。ウェブにアップするために、いまから400ワードの記事を書く」と言っていた。アメリカの政治教育は、実践的である。


yuji5327 at 06:20 
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池上技術士事務所の紹介
261-0012
千葉市美浜区
磯辺6丁目1-8-204

池上技術士事務所(代表:池上雄二)の事業内容
以下のテーマの技術コンサルタント
1.公害問題、生活環境、地球環境
2.省エネ・新エネ機器導入
のテーマについて、
・技術コンサルタント
・調査報告書の作成
・アンケート調査・分析
・技術翻訳、特許調査
を承ります。
有償、無償を問わず
お気軽に下記にメールをください。
ke8y-ikgm@asahi-net.or.jp

工学博士、技術士(応用理学)、
公害防止主任管理者、
騒音防止管理者の資格で
お役に立ちたいと思います。

池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
・読売書法展(現在理事)
 読売奨励賞
 読売新聞社賞
・謙慎展(常務理事)
 青山賞、春興賞の受賞:2回
○書道教室
・学生:月曜日
・一般:火曜日、水曜日





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