2008年03月30日
カントの自由とは
「C.ウオント著、A.クリモウスキー挿絵、朝倉輝一訳:カント、現代書館、1999」は
原著名は [KANT FOR BEGINNERS]という挿絵入り(マンガ風)の哲学書であることを、当ブログで3月12日に紹介した。本書でも分かるとおり、カントは「自由」とい言葉を多く使っている。一部を抜き出して、概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1.無制約の自由:道徳的な状態とは自由であるか否かによって決まる。原因と結果の関係の及ばないところ「自然界以外の仮想的なものの世界」では「自発性」がなければならない。徳や幸福は、互いを服属させることはできない。一方が主体で他方がそれに従属させようという欲求があると、その欲求は自由の名のもとに勝手気ままな暴力も含むことになる。
2.自由の過剰:不快や苦痛の後に続く快が続く。自然と無限との関係の不安定さが、過剰な自由を生じる。無限なものが目の前に広がっていなければ、崇高な経験を引き起こすことはない。理性と自由という理念には構想力の犠牲が必要である。
3.自然(本性)からの自由:自由の介在が、人間が自然を支配することになる。その逆はない。自然には自発性がない。慣習や社会にとらわれず、優先して生きるのは自然ではなく、自由であり、それ自身が文化(カルチャー)なのだ。
カント (FOR BEGINNERSシリーズ)
原著名は [KANT FOR BEGINNERS]という挿絵入り(マンガ風)の哲学書であることを、当ブログで3月12日に紹介した。本書でも分かるとおり、カントは「自由」とい言葉を多く使っている。一部を抜き出して、概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1.無制約の自由:道徳的な状態とは自由であるか否かによって決まる。原因と結果の関係の及ばないところ「自然界以外の仮想的なものの世界」では「自発性」がなければならない。徳や幸福は、互いを服属させることはできない。一方が主体で他方がそれに従属させようという欲求があると、その欲求は自由の名のもとに勝手気ままな暴力も含むことになる。
2.自由の過剰:不快や苦痛の後に続く快が続く。自然と無限との関係の不安定さが、過剰な自由を生じる。無限なものが目の前に広がっていなければ、崇高な経験を引き起こすことはない。理性と自由という理念には構想力の犠牲が必要である。
3.自然(本性)からの自由:自由の介在が、人間が自然を支配することになる。その逆はない。自然には自発性がない。慣習や社会にとらわれず、優先して生きるのは自然ではなく、自由であり、それ自身が文化(カルチャー)なのだ。
カント (FOR BEGINNERSシリーズ)