2011年04月26日

福島第一原発の誘致当時を振り返ってみると 3

「渡部行著:“原発”を誘致しよう!・・優れた電源、地域振興で大きな成果、日本工業新聞社、平成11年」の「増設とプルサーマルの推進に全力・東京電力・福島第一原子力発電所」には、今、世界が注目している東京電力の福島第一原子力発電所の導入当時の地域の行政姿勢などが書かれており考えさせられる。印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.東京電力の福島第一原子力発電所の敷地は大熊町、双葉両町にまたがる海岸地帯の約350万平方メートル(約100万坪)と広大で、増設の余地もあり大きな財産になっている。1971年(昭和46)年3月、東京電力にとって初めての原発である1号機(電気出力46万キロワット)が営業運転に入った。6号機(110万キロワット)の運転開始は1979年(昭和54年)10月、1〜6号機の合計出力は469万6000キロワットになった。この間、わずか8年7カ月だった。
2.同原発は、同社にとって最初の、そして日本の代表的な原発である。同原発は7、8号機の増設、3号機のプルサーマル計画、さらに原子炉の予防保全としてシュラウドの取り替え工事という三大プロジェクトを推進してきた。シュラウド取り替え工事は自己責任のもとで順調に行われた。(プルサーマル計画は2010年(平成22年)に営業運転開始した)
3、7、8号機増設立地点である双葉町の岩本忠夫町長は「国が原子力政策を明確に打ち出し、これを強力に推進すべきだ」と主張している。平成9年12月に開かれた地球温暖化防止京都会議(COP3)でも、温室効果ガスの削減目標をクリアするため、日本は出力125万キロワットの原発20基、の新増設が必要との方針が打ち出された。
4.福島第一原発は、福島県の浜通り、双葉郡の大熊町と双葉町に立地している。東京から北に約250キロメートル、東は太平洋、西は阿武隈山地という風光明美なところである。東北地方とは思えない気候温暖で雪もほとんど降らない。しかし、戦前も戦後も決して豊かではなく住民は出稼ぎを余儀なくされていた。
5.太平洋に面した標高35メートルの台地で、戦時中は陸軍航空隊の飛行場があり、終戦直後は製塩業にも利用されていた。この広大な未利用地の有効活用対策として大熊町と双葉町は原子力発電を誘致することになり、昭和36年、東京電力に誘致を申し入れた。佐藤善一郎福島県知事(当時)は、早くから原子力発電に着目していた。昭和33年には、県商工労働部が「原子力発電の可能性」について調査に着手した。大熊、双葉両町にまたがる遊休地を原発立地の適地と判断して、東京電力に意向を打診していた。昭和30年代から40年代にかけては反原発の動きもなく、過疎対策と地域振興のキメ手として、全国の地方自治体から原発誘致の要請が殺到していた。
6.浜通り選出で原発立地を推進した自民党の長老、故斎藤邦吉元幹事長(自民党電源立地等推進調査会会長)は、相馬市出身である。同原発1号機は、米国GE(ゼネラル・エレクトリック)社のBWR(沸騰水型軽水炉)を採用した。着工から運転開始まで、受注者のGEが全責任を負うターンキー方式で契約に調印し、東芝、日立製作所、石川島播磨重工業(現IHI)などが下請けとして技術を習得した。当時、日本は原子力先進国の米国とは比べてはるかに遅れていた。
7.福島第一原発はその後、安全、安定運転に努力し、安全操業について自治体、住民との間にゆるぎない信頼関係を構築していた。平成8年11月には累計発電電力量は5500億キロワット時になり、世界のBWR発電所のなかで第1位の記録であり、PWR(加圧水型軽水炉)を含めても世界第2位の輝かしい記録である。
8.地域振興でも貢献していた。平成9年7月現在で、約6500人(東京電力社員は約1000人)が働いている。このうち、90%の6000人が福島県内に定住し、立地町の大熊町に約1100人、双葉町に約800人で、人口の約10%、家族を含めると20%を上回った。双葉郡内には福島第二原発、広野火力発電所があり、これらを合わせると実に1万1000人が東京電力と関連会社で働いている。
9.第一原発の場合、1〜6号機まであり、建設時ばかりでなく、定期検査、補修管理などの仕事が切れ目なくある。日立、東芝をはじめ関連企業約300社が進出、事務所を設置している。発電所員は1000人しかいないので、雇用面では周辺関連企業が貢献している。関連企業の大半は大熊町に進出しているので、同町の人口は、昭和35年10月時点在の8206人が平成9年4月時点で1万748人で36年間31%も増えている。全国の地方市町村が激しい過疎化に苦しんでいるとき、両町とくに大熊町は恵まれていた。
10.双葉町商工会の松本定雄会長は、原発を誘致した頃を回想し「あの頃は反原発の運動もなく、荒地を高値で買ってもらい素晴らしい企業がきてくれたと歓迎しました。以前の双葉地方は、福島県のチベットといわれて貧しく、出稼ぎに行く人が多かったが、今はもうなくなった。7、8号機の増設を早く決めてほしいし、商工会も近く県に建設促進の陳情書を出したい。増設が本決まりになったら商工会が中心になり、原発向けの商工協同組合を結成したい」ときわめて意欲的であった。
11.電源三法による電源立地促進交付金は、昭和49年から59年までの10年閻に大熊町26億円、双葉町33億円で、隣接町村にも同額交付された。また、電源施設など周辺地域交付金が昭和56年から平成6年までに大熊町は10億円、双葉町8億円である。さらに、固定資産税は、設備投資額の約10%が15年間にわたり償却に応じて立地自治体に納入される。運転開始初年度がもっとも多く、以後、償却が進むにしたがい減少する。原発の投資額は一般産業の10〜100倍と巨額だけにきわめて効果的だ。また、15年で償却が終わっても設備の改善、更新があり、土地、建物の固定資産税もあって実質的には半永久的に続く。
12.平成8年度の町税収をみると、大熊町は原発関係の税収は固定資産税の21億円を中心に個人、法人の町民税をあわせ約25億円、町税調定額37億円の65.6%を占めている。もっとも高かったのは昭和50年度で90.7%、町税の大半が原発関連だった。同じように双葉町は13億円で町税調定額19億円の67.5%が原発関係である。
13.志賀秀朗・大熊町長は、原発を誘致した志賀秀正町長の2代目で、東京電力に10年も勤務しており、原子力発電には深い信頼と理解を示している。豊かな財政のため、地方交付税を双葉町は昭和53年度から平成元年までの11年間、大熊町は昭和56年から現在まで16年間も交付されていない。電源三法交付金などは使途を制限されているため、原発立地と周辺地方自治体が図書館、体育館、郷土資料館など同じような施設を建設している。施設と維持管理が重復し、ムダになっている。交付金などの使用はもっと弾力的であるべきである。国が積み立てて周辺地域一体の総合的なプランを策定、実施すべきだと述べている。両町民の所得水準は県内で1〜3位を誇っている。
14.原発立地による地域振興、財政への貢献は立地地区と周辺地域だけではない。立地県も大きな恩恵を受けている。償却固定資産税は、立地自治体の限度を超えると県に取り上げられるが、昭和63年度にはこれが66億円に達した。核燃料費の7%は核燃料税として県に納人される。これが昭和53年から平成7年までで総額764億円に達している。同税の還元額は大熊町18.8億円、双葉町14.6億円、計33.4億円である。


「原発」を誘致しよう!―優れた電源、地域振興で大きな成果
「原発」を誘致しよう!―優れた電源、地域振興で大きな成果
クチコミを見る


yuji5327 at 06:40トラックバック(0) 
共通テーマ | 環境

トラックバックURL

池上技術士事務所の紹介
261-0012
千葉市美浜区
磯辺6丁目1-8-204

池上技術士事務所(代表:池上雄二)の事業内容
以下のテーマの技術コンサルタント
1.公害問題、生活環境、地球環境
2.省エネ・新エネ機器導入
のテーマについて、
・技術コンサルタント
・調査報告書の作成
・アンケート調査・分析
・技術翻訳、特許調査
を承ります。
有償、無償を問わず
お気軽に下記にメールをください。
ke8y-ikgm@asahi-net.or.jp

工学博士、技術士(応用理学)、
公害防止主任管理者、
騒音防止管理者の資格で
お役に立ちたいと思います。

池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
・土曜会(グループ展)
 作品展を毎年10月開催
(於:銀座大黒屋)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
・読売書法展(現在理事)
 読売奨励賞
 読売新聞社賞
・謙慎展(現在理事)
 春興賞の受賞:2回
○書道教室
・学生:月曜日
・一般:火曜日、水曜日





地域別アクセス

ジオターゲティング

ジオターゲティング
livedoor プロフィール

yuji5327

アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード