2011年06月27日

北朝鮮が不可解な国であるわけ 3

「池上彰著:そうだったのか!現代史パート2、集英社、2010年」には、北朝鮮の国民が虐げられてきた状況が具体的に数多く記載されている。第5章「北挑戦はなぜ不可解な国なのか」の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.金正日の父である金日成はスターリンの面接試験に合格してその地位を得た。旧ソ連のスターリンは、朝鮮半島北部をソ連軍が占領した後、ここにソ連に従う国家を作り上げ、ソ連の言うことを聞く人物に支配させることにた。スターリンは1945年8月末、ソ連極東軍に対して、ソ連の言うことを聞く朝鮮人指導者を推薦するように求めた。極東軍は、極東軍88特別旅団に所属しているソ連軍大尉の金日成が最適だと判断して、スターリンに推薦した。
2.同年9月、金日成はモスクワに呼ばれ、スターリンと4時間にわたって面談をした、緊張してひたすらスターリンの発言にうなずくだけの金日成にスターリンは満足し、金日成を北朝鮮に送り込んで指導者にさせることに決めた。
3.金日成がソ連軍の大尉になった経緯は以下の通りである。金日成は、1912年4月15日、平壌郊外の現在の万景台の農家で長男として生まれた、金成柱が本名である。母親は熱心なクリスチャンで、金日成も子どもの頃、教会に通っていた。父親は1917年、金日成が七歳のときに家族を連れて満洲に移住し、朝鮮人相手の漢方医になった。金日成は、ここで中国人向けの中学校に通った。金日成が北朝鮮に帰国したばかりのころ、朝鮮語はたどたどしかった。金日成は、中国文化の下で中国語を使いながら育ったからである。
4.金日成は、1930年8歳のとき、「満洲国」が誕生した年、南満洲で、朝鮮人が組織した抗日遊撃隊に参加した。この年に、抗日遊撃隊は、中国人が総司令官を務める東北抗日連軍に統合された。これ以来、金日成は、中国共産党の指導を受けることになった。東北抗日連軍は、満洲に駐留していた日本の関東軍の弾圧を受け、組織は弱体化した。関東軍に追われた金日成は、ソ連に逃げ込んだ。
5.日本との戦争の可能性を考えていたソ連軍は、日本軍と戦った経験のある中国人や朝鮮人の部隊を結成することにして、ハバロフスク近郊に88特別旅団を創設した。金日成は、ソ連軍大尉として、第一大隊を率いることになった。終戦まで、金日成は日本軍と戦うことなく、ここで訓練を受けていた。
6.金日成は、ここで金貞淑(後に金正淑と表記を変える)と結婚し、1942年2月16日、ウラジオストック近くの軍の野営地で長男として生またのが金正日である。ただし、このときはまだ金正日とは呼ばれず、ソ連名で「ユーラ」と名づけられた。こうした過去については、長らく秘密にされていたが、ソ連崩壊後、当時の金日成や金正日を知っているロシアの人々が、韓国のマスコミの取材に応じて明らかになった。
7.北朝鮮に戻っても、「キム・ユーラ」と呼ばれ、「キム・ジョンイル」と朝鮮名が決まったのは、1960年ころである。当初は、漢字では「金正一」と表記されていたが、1980年10月、公式の場(朝鮮労働党大会)に初登場した際、「金正日」となった。いまでこそハングルだけを使っている北朝鮮だが、このころは、まだ漢字が一般的に使われていた。
8.金正日はソ連国内で生まれたが、北朝鮮の公式伝記では、金日成は朝鮮半島で日本軍と戦っていたということになっているので、話のつじつまが合わない。そこで、北朝鮮の人々には白頭山の野営地で生まれたということにした。白頭山の山中には、「金正日が生まれた家」なるものが建てられている。
9.金日成は、日本軍と戦わないまま日本の敗戦を迎えたが、北朝鮮での公式の伝記では1932年から45年までの間に、日本軍と10万回の戦闘を繰り広げ、全勝した、ということになっている。



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工学博士、技術士(応用理学)、
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池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
・土曜会(グループ展)
 作品展を毎年10月開催
(於:銀座大黒屋)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
・読売書法展(現在理事)
 読売奨励賞
 読売新聞社賞
・謙慎展(現在理事)
 春興賞の受賞:2回
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