2014年08月03日
レイチェル・カーソンの『沈黙の春』の影響で、DDTが禁止され、マラリアで年間100万人以上が死んでいる。先進国のエゴである。
「中西準子著：原発事故と放射線のリスク学、日本評論社、2014年」の「第４章：化学物質のリスク管理から学ぶこと」は非常に参考になる。「リスクトレードオフ」「なぜ、DDTが禁止されるようになったか」という小題の部分の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
１．3・11以後、安全の議論でよく聞かれる主張をまとめると、次の5つになる。��)経済や利益のために安全を犠牲にしてはいけない、自分たちは利益のために安全を犠牲にしてきたが、それは間違いだ。�△△蕕罎訌枋螻阿紡仆茲靴覆韻譴个覆蕕覆ぁ���推進母体と規制母体は独立でなければいけない。�じ胸厠枠�電はやめて、即刻、再生可能エネルギーにすべきだ、ドイツはそういう道を歩いている。�ナ�射線の被ばく量と固形がんによる死亡率との関係では、用量・反応関係にしきい値がないから、どんなに少量の被ばく量でもがんになる確率がある、したがって、どれだけ小さくしても危険である。この5つの主張はすべて間違いだ。これらは、リスクトレードオフということを忘れた主張だからである。
２．「安全」の定義は簡単ではない。安全にはレベルがあって、領域がある。たとえば、「この領域のなかで安全」と言う。一方で、言葉として使われるときの「安全」にはレベルも領域もない。だから、そこで混乱が起きる。話している本人はレベルを考えているつもりでも、聞いているほうはレベルはないものだとして聞いていることがしばしばある。したがって、いくら安全を追求しても、何がどこまで安全であるかが分からない。だから、安全はリスクで定義し、リスクが少ないことを安全と考えたほうがいい。
３．リスクトレードオフというのは、あるリスクをなくそうとすると、他のリスクが出てきて、最初のリスク削減の効果を食いつぶしてしまう現象を言う。場合によっては、対抗
リスクの方が大きくて、一生懸命リスクを削滅している積もりが、全体としてリスクを大きくさせてしまっていることもある。リスクとリスクがぶつかる、
良いことと良いことがぶつかる、どうすれば良いかなどと言っていた。
４．利益とかお金も健康のためには必要で、一概に、利益を否定すればいいというものでもない。原発が事故を起こすと、原発で仕事を得ていたことや、地域の活性化をしようとしていたことが全否定されてしまうが、物質的に生きる手段を得ることは大事なことなので、どうバランスをとるかという問題提起でないとおかしい。あらゆる想定外に対処すべしという意見も、あまりにも子供っぽいし、できるはずがない。
５．現在日本国中で地震対策が実施されているが、地震対策に資金を投入すれば、他のリスク対策がおろそかになるので、これは続かない。ほどほどに、多様なリスクに対応するしかない。すべてのリスクが予防できるわけでもない。
６．DDTは農薬でたくさん使われたのだが、今の学生は、ほとんど知らない。とても効き目のいい殺虫剤で、殺虫効果を発見したミューラー博士はノーベル医学生理学賞を受けた。シラミ、のみ、蚊の退治に有効で、チフス、マラリア、黄熱病の流行を止めた輝かしい成果があった。
７．レイチェル・カーソンが1962年に出した『沈黙の春』という本は、環境問題では聖書のように高く評価されている本だが、彼女はこの本の中で、農薬特にDDTがどのくらい環境に悪い影響を与えるかを訴えた。『沈黙の春』に「そして、鳥は鳴かず」という章がある。その冒頭で「鳥がまた帰ってくると、ああ春がきたな、と思う。でも、朝早く起きても、鳥の鳴き声がしない。それでいて、春だけがやってくる合衆国では、こんなことが珍しくなくなってきた」と書き、DDTの問題を訴えた。それが世界中に大きな反対運動を引き起こした。
８．DDTが世界的に禁止になった。日本は一1968年、水田用農薬としての使用を禁止し、1971年には全面禁止としたが、これは世界で初めてである。日本は環境対策が遅れているという印象をもつ人が多いようだが、必ずしもそうではない。米国は2年遅れて禁止し、欧州は4〜5年遅れて禁止した。さらに、1975〜80年ぐらいには、国際機関がDDTを禁止することに力を注いでいた。途上国は国際機関の援助で薬などを買っているので、DDTを買うことができないので禁止同然になった。
９．1980年に専門家会議が開かれ、公衆衛生より環境問題が重要だという決議がなされた。
DDTを禁止するとマラリアが増え、それで人が死ぬようになったが、環境問題で鳥が死ぬほうが問題だという決議である。こうして国際機関は徹底的にDDT禁止に向けて動き続けた。世界的にみて、DDTは悪い化学物質の典型とみられるようになった。生物蓄積性、残留性の高い有害化学物質を規制するPOPs条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約、1995年採択)が作られるきっかけともなった。
１０．2006年9月15日に、WHO(世界保健機関)は突如、DDTの室内残留性噴霧を奨励するという方針を出して大騒ぎになった。DDTは、世界中で禁止してきただけに、皆驚き、また、使用を認めることに対して激しい反対運動もあった。WHOは、こういう方針に到達した理由を次のように述べている。
１１．マラリアで毎年100万人が死んでいる。5億人が急性マラリアにかかっている。長期散布による人への健康影響は大きくない。DDTが人に大きな影響を与えるという報告もあったが、それほど大きくない。内分泌撹乱物質(環境ホルモン)という証拠も少しあるが、そ
れほどでもない。室内残留性噴霧をすれば、生態影響も大きくない。過去にあった影響は農業利用によるものである。だからDDTの農業利用はやめて、室内でマラリア防止のためだけにDDTを使うことは、むしろやるべきことである。コストも安い。DDTによって蚊の耐性ができるという問題もあったが、他の殺虫剤を一時利用することで回避できる。この方策によってマラリアによる死亡の90%をなくすことができる。こうして方針転換がなされた。
１２．マラリアで年間100万人以上が死んでいるという現状がある。1945年、戦争が終わった直後には非常に多くの人がマラリアに感染していたが、DDTを使うことで1960年代には激減していた。ところが1970年代からDDTを禁止すると、また、患者が増え、1980年あたりで、ピークになる。この頃が、環境保護運動が広がり、公衆衛生より環境保護が大事だと言い、WHOやUNEP(国連環境計画)などが、DDTの使用の禁止に力を入れた時期である。そして、その他の方法でマラリアをなくすための運動を広げたのだが、どうしてもマラリアを退治できず、最終的に2006年の方針転換になっていった。それまでの40年間、マラリアがずっと増えているにもかかわらず、DDTが悪いということで対策をとることができない時代が続いた。
