2014年11月26日

中立的な正義の原理を見つける方向を誤っている。道徳にまつわる本質的な問いを避けて人間の権利と義務を定義するのは、可能だとはかぎらない。たとえ可能であっても、望ましくない。


「マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳:これからの「正義」の話をしよう・・・いまを生き延びるための哲学、早川書房、2010年」の著者はハーバード大学教授で専門は政治哲学である。類まれなる抗議の名手として知られているわけがうなづける内容である。「第9章 たがいに負うものは何か? 忠誠のジレンマ」の「正義と自由」の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.正しさを善より優先すべきという論争は、究極的には人間の自由の意味を問う論争である。カントとロールズがアリストテレスの目的論を退けたのは、みずから善を選ぶ余地が与えられないように見えたからである。アリストテレスの理論からどのようにしてこの懸念が生じたかは、容易にわかる。アリストテレスは正義を、人間の本性にふさわしい目的や善との一致の問題として見ているが、われわれは正義を、選択の問題として見る。
2.正しさは善に優先するというロールズの主張は、道徳的人間は、みずから選んだ目的を持つ、という信念を反映している。われわれは、目的ではなく選択能力によって定義される。われわれの本性を明らかにするのは、目標ではなく、正しさの枠組みである。目標が2次的であれば、われわれが選ぶはずの枠組みである。正しさと善の関係を逆転させ、正しさを優先して見るべきである。
3.善良な生活に対して正義は中立的であるべきという考え方は、人間は自由に選択できるので、従前の道徳的束縛から自由であるという発想を反映している。この考え方は、現代のリベラル政治思想の特徴である。平等主義のリベラル派のお気に入りは、市民的自由と、社会・経済における基本的権利:医療、教育、雇用、所得保障などの権利である。個人がそれぞれの目的を追求できるようにするためには、行政府は真に自由な選択ができるような物質的条件を整える必要があると彼らは主張する。
4. 1944年にアメリカの社会保障制度の到達目標を定めたとき、ローズヴェルトはそれを「経済的権利章典」と呼んだ。コミュニティを基盤とする理論的根拠を提示するのではなく、そのような権利は「真の個人的自由」に不可欠であるとローズヴェルトは主張し、「困窮した人間は自由な人間ではない」と付け加えた。
5.社会保障制度を批判する無干渉主義者であるリバタリアンは、自由市場を擁護し、人間には自分で得た金を保有する権限があると主張する。みずからの労働の果実が自分のものにならず、公共の富の蓄積の一部として扱われるならば、真に自由な人間と言えなくなると、バリー・ゴールドウォーターは言った。社会保障制度の下では個人は、みずから目的を選べず、一部の人の利益のためにほかの人びとが抑圧される。
6.中立的な正義の原理を見つける方向を誤っている。道徳にまつわる本質的な問いを避けて人間の権利と義務を定義するのは、可能だとはかぎらない。たとえ可能であっても、望ましくない。


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池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
・土曜会(グループ展)
 作品展を毎年10月開催
(於:銀座大黒屋)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
・読売書法展(現在理事)
 読売奨励賞
 読売新聞社賞
・謙慎展(現在理事)
 春興賞の受賞:2回
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