2016年04月27日

感情の本性は、自己を対象とする自負と卑下、他者を対象とする愛と憎、そして直接感情を観察することで、解明できる。

超要約で世界の哲学を読む
鷲田 小弥太
PHP研究所
2004-10

「鷲田小彌太著:超要約で世界の哲学を読む、PHP新書、2004年11月」は参考になる。著者は1942年生まれで、現在、札幌大学教授。専攻は、哲学、倫理学である。「『人間本性論』ヒューム(1711~1776)」の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1..人間の心に現れるものはすべて知覚である。知覚の外部に出ることは、知覚できないものを知ろうとする、という迷妄に陥る。知覚は、力強さといきいきさの違いによって、「印象」と「観念」に区別される。はじめて出現する観念は、それによって正確に再現される印象に由来する。この印象と観念には、単純なものと複合的なものがある。
2.印象が観念として心に再現される場合、2通りある。1つは、印象のはつらつさを多少とも保存し、印象と観念との中間にあるかのような「記憶」であり、いま1つは、はつらつさが完全に失われ、観念になりきっている場合で、「想像」になる。両者の違いは、印象の序列や形式を再現するかどうかで決まる。
3.観念は、バラバラにではなく、相互に連結されている。心の自由な働きである想像が、この観念を結合するが、その形式には、ヾ冉袷蠍澆領犹、∋空的接近、0果関係がある。いずれの観念も、その恒常的連接を保証するのは、理性ではなく、経験である。ある観念(原因)に続いて、別な観念(結果)が生じるのは、過去の経験の「反復」を観察した結果である。将来、同じ連接が生じる保証はない。恒常的連接は、これまで同じことが生じたのだから、次もきっと起こるだろう、という「信念」にもとつくのである。
4. 嵳性」(感覚にいかなる基礎をもたない知的能力)はいかなる真理をももたらさない。◆岾鯵Δ梁減漾廚蓮知覚に与えられないから、確実なことはいえない。「自我」は「諸知覚の束」だから、人格の同一性を証明することはできない。
5.理性は感情を統御することはできない。感情に従うだけである。感情は定義することはできないし、する必要もない。それは、動かしがたい「事実」であって、日常の感じや経験で十分知ることができる。感情の本性は、自己を対象とする自負と卑下、他者を対象とする愛と憎、そして直接感情(善悪・快苦から生じる印象)を観察することで、解明できる。快と善をもたらすものを促し、苦と悪をもたらすものを避けることが、人間感情の本性にもとつく賢明な行き方だとわかる。
6.道徳的な美や自然的な美は、観念によって把握されるよりも、むしろ感じられる、共感されるものである。感情の本性に適う美徳には、ー身にとって快なもの、他人にとって快なもの、自身にとって有用なもの、ぢ梢佑砲箸辰突用なものがある。い亮匆馘な美徳(親切、人類愛、正義)はもっとも高く評価していい。




yuji5327 at 06:36 
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池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
・土曜会(グループ展)
 作品展を毎年10月開催
(於:銀座大黒屋)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
・読売書法展(現在理事)
 読売奨励賞
 読売新聞社賞
・謙慎展(現在理事)
 春興賞の受賞:2回
○書道教室
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