2017年05月09日

ホテルのエレベーターに乗って待っていると、1人の男がドアを押さえている。暫くして、社長と思しき人物が乗り込んできた。ドアを押さえていた男には社長がすべてである。

「野ロ悠紀雄(早稲田大学ファイナンス総合研究所顧間)、世界史を創ったビジネスモデル、
週刊新潮、16.5,19」は参考になる。
1.江戸時代の分権的な国家構造は、明治維新によって、中央集権国家ヘと大きく変質した。これは、欧米列強のアジア植民地化という脅威に対抗するための必然的な対応であった。この状況下で緊急に必要とされたのは、統一された国防軍を国が保有すること、それを維持するための国家財政を確立すること、そして、エリート養成のための教育制度を確立することだった。
2.高等教育機閲によって養成されたエリートは、軍、中央政府、大企業などの幹部となった。江戸時代の身分差とは無関係のシステムだった。欧州諸国の士官学校は通常は貴族の子弟が入学するので、日本は例外的である。知事は天皇が任命する国の官吏であり、市長は議会で選任されたのちに天皇の承認を経て任命された。町村長も議会選出のあと、知事の認可を必要とした。こうして、地方は中央政府の下部組織となった。鉄鋼や造船などの重工業部門や、鉄道、海運、炭鉱などは、軍事的な要請から、国営企業、または準国営企業とされた。
3.その他の分野では、民間企業は政府から独立していた。当時の製造業は紡績などの軽工業が中心で、政府からの独立性が強かった。金融についても銀行の力はそれほど強くなかった。第二次大戦までの日本は、軍、国家、大企業などの分野では中央集権的な体制が確立されたが、経済活動一般については、分権的・市場経済的側面が強かった。
4.日本経済の分権的・市場経済的性格を大きく変えたのが、戦時改革である。経済資源を軍事に集中するため、統制経済の導入や電力の国有化が進められた。また、金融システムが、それまでの直接金融中心のものから間接金融中心の体制に改革され、銀行融資を通じる間接的経済統制が行なわれるようになった。
5.税制改革によって財源を中央に集中させ、これを地方に配分する構造「1940年体制」が確立された。これと並んで、農村の状況が大きく変わった。戦前の日本の農村の地主と小作人の関係は.江.戸時代から変わっていなかったが、42年の食糧管理法によって、小作人の地位が高まった。それまで物納であった小作料に金納が認められるようになり、インフレに伴ってその実質価殖が低下したため.小作人が豊かになった。こうした政策が取られたのは.農村が兵の供給源であり、農村の疲弊は軍の弱体化を招くと危倶されたからである。6.40年体制は戦後も続き、高度成長の実現に大きく寄与したが、80年代頃から変質してきた。とくに金融システムは.90年代の不良債権処理を通じて大きく変わった。しかし、税財政制度における40年体制は、基本的には現在に至るまで続いている。 地方税といっても、その実態は国税の付加税にすぎず、地方公共団体が独自の税を作ることは事実上不可能である。人口が1億人を超える国における中央集権体制は、中国やソ連を除けば、歴史的に見ても、また現在の世界で見ても、珍しいことである。
7.エリート層の意識は変わった。特に軍の指導者層においてそうである。彼らは、外国の侵略から日本を守るという強い使命感に燃えていたが、一般国民のレベルでは疑問である。地域間移動や移住に課されていた制約は、明治維新によって消滅し、学校では日本人としての意識を教育した。しかし、農業が主要産業であったこともあり、多くの人々の日常生活は、江戸時代からの村落共同体の価値観に縛られていた。中央集権的制度と人々の実際の意識との間には、かなりの乖離があった。エリートを別とすれば、「日本国」に対する帰属意識は、それほど強くなかった。
8.明治以降の日本は、二重社会だった。もっと大きく乖離していたのは、エリートが作り上げた「日本人」という統一帰属概念と、とくに農村の人々が持っていた村落共同体への帰属意識との乖離である。このような乖離は、現在に至るまで残っている。
9.戦前の日本において残っていた農村部の村落共同体は、戦後の高度成長によって分解したが、地域は残った。田中角栄の例のように、政治家は地域の利益代表となり、国の予算からできるだけのものを地域に持ち帰ることを期待された。この仕組みは、地方分権ではない。中央集権を前提にし、その下で地域社会が利益獲得競争を行なう。
10.戦後の高度成長を通じて近代的産業部門に多くの企業が成長した。都市部では、多くの人々がこれらの企業に就職した。大企業は終身雇用を提供し、企業一家が形成された。中小企業も、系列を通じてこの一員となり、人々は会社人間となった。江.戸時代の武士が藩に帰属し、生活のすべてを藩に依存したのと同様に、企業に帰属し、生活のすべてを企業にするようになった。これは経済的分権ではなく、蛸壺であり、企業間の労働の移動は難しい。蛸壺集団の利益を守るために、規制が作られ、市場経済の自由が抑圧される。
11.90年代以降の日本経済の衰退過程の中で変質している。企業がもはや終身雇用を約束できなくなり、非正規が増えてきたからで、最近では、非正規労働者が全体の4割にも及ぶ。企業に帰属し得ない若者たちは、拠り所を「日本国」に求める。国が彼らを守るというのは幻想にすぎないが、国に対する依存が強まる。歴史上初めて、人々が国に帰属意識を持つようになり、外国人に対する強い嫌悪感と密接に結びついている。
12.会社かすべての例として、ホテルのエレベーターに乗って待っていると、1人の男がドアを押さえている。暫くしたら、社長と思しき人物が乗り込んできた。ドアを押さえていた男には社長がすべてであり、他の利用者など眼中にない。彼にとって重要なのは、社内のルールであって、社会のそれではない。このような価値観の人々は、上司の指示に従って不正会計処理を行なっても、それが会社のためなら罪悪感は感じない.。



yuji5327 at 06:35 
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池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
・土曜会(グループ展)
 作品展を毎年10月開催
(於:銀座大黒屋)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
・読売書法展(現在理事)
 読売奨励賞
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 春興賞の受賞:2回
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