2019年07月08日
中国政府は産業に対して膨大な補助金を出しており、外国企茉に対して技術移転を強要しているが、高率の関税がそのための適切な手段ではない。
![週刊ダイヤモンド 2019年 6/8号 [雑誌] (仕事に必須の思考ツール 使える哲学)](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51m8LMoq%2B9L._SL160_.jpg)
「野口悠紀雄著：混迷の度をさらに深める米中貿易戦争の行方、週刊ダイヤモンド、2019.06.01」は参考になる。
１．5月10日、トランプ米大統領は、中国からの輸入2000億ドルに対して、これまで10%の関税を課していたところを、25%に引き上げた。これに対して中国は報復措置を講じる。アメリカと中国が、互いの国からの輸入額の半分近くに相当する部分について高率の関税をかけ合うわけであり、米中貿易戦争は新たな段階に入った。
２．これは、両国経済のみならず世界経済に甚大な影響を及ぼすことになる。貿易も大きくかく乱される。世界各国の株式市場も動揺している。単純に考えれば、米中貿易戦争において不利なのは中国である。理由は、今、仮に、アメリカと中国が.両国間の貿易の全てに対して高率の関税を課し、その結果、両国間の貿易がゼロになってしまったとすると、両国経済は、まず中国を見ると、中国のアメリカに対する財輸出は5403億ドル(2018年、以下同)、アメリカからの財輸入は1210億ドルであり、それぞれ中国の国内総生産(GDP)の3・8%と0・9%である。つまり、純輸出がGDPの2・9%である。従って、対米問貿易がゼロになれば、GDPは2・9%減少する。これは直接的な影響だけだから、間接的な効果まで考えれば、影響はもっと大きい。これは中国経済にとって大きな打撃である。
３、昨秋以降、中国経済の成長率が鈍化している。アメリカでは、アメリカの中国に対する財輸出は、アメリカのGDPの0・6%であり、中国からの財輸入はGDPの2・7%であり、純輸出がGDPの-2・1%である。従って、対中貿易がゼロになれば、GDPは2・1%増加する。従って貿易戦争で打撃を受けるのは中国である。
４．以上では、高率関税によって貿易がストップしてしまうと仮定したが、そうなるとは限らない。高率関税が課されても、貿易量自体は減らないことがあり得る。この場合に関税を誰が負担するかについては、幾つかの可能性がある。第1は、輸入国の最終的な購人者である消費者が負担する場合である。この場合には輸入国の物価が上昇する。第2は、輸入国のメーカーや販売業者が負担するケースである。アメリカについて見ると、中国からの輸入の多くは製造業の製品である。
５．アメリカの製造業では、2000年代初めごろから国際的な水平分業方式が進展している。それまでアメリカ国内で生産していたものを、世界各国で生産し、それをアメリカに輸入する方式である。この結果、アメリカ国内では工場の多くがなくなってしまった。これは「ファブレス」と呼ばれる。部品のサプライチェーンや生産に必要なエンジニアも、もはや極めて不十分な状態である。従って、中国からの輸入に高率関税が課されたところで、それを直ちにアメリカの国内の生産に.再転換するのは困難である。従って、高率関税が課されても、中国からの輸入が減らない可能性は高い。
６．同様のことは、中国においても生じる。中国の場合、アメリカからの輸入の多くは農産物である。中国の養豚業者は、飼料としてアメリカからの大豆に頼っている。これを中国の国内生産に直ちに転換するのは困難である。従って、仮に中国がアメリカからの輸入に高率関税をかければ、その負担は中国の養豚業者が負うことになる。
７．関税を輸入国が負担する場合の両国の経済は、アメリカでは、中国からの輸入はGDPの2・7%で、対GDP比で見た関税増加額は、これに関税上昇率を乗じたものである。中国では、アメリカからの輸入は、GDPの0・9%で、影響は確かにあるが、アメリカの場合よりは対GDP比で見て軽微である。従って、この面から考えれば、貿易戦争はアメリカに不利ということになる。
８．トランプ大統領はツイッターで「1000億ドルの関税収入が入るのは考えてみれば楽しいことだ」と述べた。これは、中国からの輸入総額の大部分に当たる4000億ドルに対して25%の関税を課すとすれば1000億ドルの税収が上がることを言ったと考えられる。確かに、これは無視できない額である。19年度のアメリカ連邦政府の税収総額は2・4兆ドルである。しかし、このようなことが起きるのは、高率関税をかけたときに貿易量が減少しない場合である。その場合には、上で述べたようにアメリカ国内の消費者やメーカーには負担が生じる。
９．上記以外のケースもあり得る。それは、輸出業者が輸出価格を引き下げる場合である。その根拠として挙げられるのは、米中両国での物価の推移である。昨年から中国からの輸入に高率の関税が課されたにもかかわらず、アメリカの物価は安定的である。19年4月
の消費者物価の対前年同月比は2・0%で、18年6月の2・9%を下回る。
１０．他方で、中国の生産者物価の前年同月比は、18年6月の4・7%から19年4月の0・9%に下落している。また、トランプ大統領は、ツイッターで「関税の大部分は中国が負担している」と述べている。アメリカが貿易戦争において強気の態度を取っているのは、このような認識があるからだという意見もある。確かに、生産が中国からその他のアジア新興国に移転してしまう可能性を考えれば、それを避けるために、中国の輸出業者が価格を引下げるのはあり得る。しかし、関税が国内の物価を大きく引き上げる効果は、今後はないとはいえない。
１１．アメリカの産業界は、対中関税の引き上げに強く反発している。5月5日には全米民生技術協委のゲイリー・シャビロ会長が、「大統領は関税は米国民と企業が負担することを理解すべきだ」との声明を発表した。
１２．以上では極端なケースを幾つか想定したのだが、実際にはこれらがミックスされたものになる。このため、米中貿易戦争の行方がどうなるかは、見通しにくい。ところで、米中貿易戦争の背後には、中国の急激な成長という大きな変化がある。これは、特に新しい技術において顕著だ。例えば、通信機器メーカー、ファーウェイの躍進は著しく、通信インフラが同社に握られてしまうとすれば、国家安全保障においても深刻な問題になることは間違いない。
１３、さらに、中国政府は産業に対して膨大な補助金を出しており、また、外国企茉に対して技術移転を強要している。こうしたことの是正をアメリカが求めるのは、当然のことといえる。ただし、高率の関税がそのための適切な手段ではない。トランプ大統領は、脅しをかけることによって取引上、有利な立場に立つことを狙っているのだろうが、それによる世界経済のかく乱効果はあまりに大きい。
