2019年10月04日
首都のニコシアも、南北に2分されている。東西ベルリンがひとつになったあと、世界で唯一の分断された首都である。
「池上彰と増田ユリヤ著者:未だ分断された首都 キプロス、 PRESIDENT 2019.8.30」は参考になる。概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1.地中海の東の奥に位置するキプロス島は、日本の四国の半分ほどの広さだが、1974年以来、南北に分断されている。60年にキプロス共和国(以下.キプロス)が建国されたが、その前から顕在化していたギリシャ系住民とトルコ系住民の対立が、武力衝突に発展し、74年7月、ギリシャへの併合を狙ってギリシャ系住民がクーデターを起こすと、トルコ系住民の保護を名目にトルコ軍が侵攻した、島の北部を占領した。翌月には停戦となったが、南北は分断されたまま現在に至っている。
2.南側はギリシャ系のキプロス共和国で、国連に承認され、EUにも加盟している。北側は、83年に独立を宣言した北キプロス・トルコ共和国(以下、北キプロス)だが、国家として承認しているのはトルコだけである。64年から国連キプロス平和維持軍が駐留し、停戦の維持や緩衝地帯の警備に当たっている。
3.キプロスとトルコは反目していて、トルコのEU加盟に反対しているのも、すでに加盟しているキプロスである。すべての加盟国が賛成しなければ、新規加盟は認められない。傀儡国家である北キプロスの承認をやめて統一に協力するなら、トルコの加盟に反対しない、というのがキプロスの姿勢である。
4.キプロスは古くはギリシャ文化圏だったが、300年続いたオスマン帝国の統治時代にトルコ系住民が入ってきた。第一次世界大戦でオスマン帝国が敗れてイギリスの植民地になり、第二次世界大戦後に独立すると、民族と言葉と宗教の対立が深まった。キプロスはギリシャ正教で、北キプロスはイスラム教である。
5.そもそもキプロス紛争が始まったのは、55年で、本格的な内戦となって停戦に至るまで、住民同士の殺し合いが20年も続いた。74年の停戦で、グリーンラインと呼ばれる緩衝地帯がつくられた。首都のニコシアも、グリーンラインで南北に2分されている。
6.ベルリンの壁が崩壊して東西ベルリンがひとつになったあとは、世界で唯一の分断された首都をうたい文句にしている。国境に英語とフランス語とドイツ語で、The last divided capitalと書いてある。2004年から、外国人ぱグリーンラインを自由に行き来できるようになった。パスポートを持っていれば簡単に通れる。ニコシアの南側から行く場合、クロスポイントと呼ばれる検問所で申請書を書いて、スタンプを押してもらって北側のニコシアに入る。帰りも同じ手続きで、厳しくもない。警備にあたっていたインド人兵士が記念撮影に応じてくれた。る。ボーダーの近くには、内戦の資料を集めた博物館がある。
7.同じニコシアの町でも、北キプロス側に入ると雰囲気は変わり、南側は経済的に進んでいて、近代的なヨーロッパの雰囲気である。北側は混沌とした感じで、町中にモスクがあり、古い小売る。ニコシアの北側では、真ん中に国旗が2種類みえる。トルコと北キプロスのものである。トルコの国旗の赤自を逆転させて、上下に赤いラインを入れたデザインが北キプロスの国旗になる。モスクのミナレヅト[尖塔}も見える。バッファゾーンがあり、国連のキプロス平和維持軍が警備する緩衝地帯がある。全然ものものしくない。
8.武力衝突は長いこと起こっていないし、治安もいいが、最終的な和平の合意には至っていない。国連の仲介で、再統一への交渉は何度も行われている。04年には、アナン元国連事務総長が主導して住民投票が実施された。連合共和国制にして、大統領は南北の輪番とする、など具体的な案だった。結果は、北キプロスが賛成多数だったのに対して、キプロス側は反対多数だった。トルコ軍が駐留するという項目が、反対の理由だった。つまり、国連に認められていない北キプロスが国連案に賛成したのに、不調に終わってしまった。
9.そのあとも、話し合いが始まっては中断の繰り返しである。だから我々の世代では、キプロスと聞けば紛争というイメージである。この島は、ギリシャ神話の女神アフロディーテの生まれた島ともいわれている。英諸にするとヴィーナスである。貝殻の上にヴィーナスが立っている、ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」という有吊な絵も、この島を描いたものである。
10.その場所は、地中海に面したパフォスという古い町で、世界文化遺産に登録されたところである。遺跡や名所はほかにもたくさんあって、ギリシャ神話を描いたモザイク画とか、ローマ時代の公衆浴場の跡とかがある。観光が主要な産業である。しかし、東地中海で巨大なガス田が発見されたために、緊張が高まっている。キプロスの排他的経済水域の中だが、トルコが掘削を進めているからである。EUやアメリカに非難されても、トルコのエルドアン大統領は譲る気配はない。