2019年11月18日

原子力の雑誌の広告を電力会社にお願いしている。マスコミは広告で黙らされた。

「半藤一利、池上彰著:
令和を生きる、幻冬舎、2019.5.30」は面白い。「第3章:原子力政策の大いなる失敗」の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.「. 原子力の平和利用という言葉を耳にしたの1953年に米国のアイゼンハワー大統領が,「 原子力の平和利用」演説をやった。12月8日の国連での演説である。真珠湾攻撃から12年目、7月に朝鮮戦争が休戦協定でおさまった年。年初にはトルーマンからアイゼンハワー大統領が交替し、3月にはスターリンが死んだ時代の節目である。
2.原子力が平和利用できるなんて素晴らしいと思ったが、その何年か後に東海村で故障が起きた。昭和30.年代である。昭和49年に原子力船「むつ」が航行中に放射線漏れを起こす事件があった。日本原子力研究所(原研)の東海研究所が昭和38年、わが国で初の原子力発電に成功した。その前後で東海村で事故が起きている。その前の昭和29年3月、第五福竜丸が太平洋のビキニ環礁でのアメリカによる水爆実験で被災した事件のあったとき、静岡県焼津で被曝した無線長の久保山愛吉さんに会って取材した。
3.久保山さんは「この苦しみは俺ひとりでたくさんだ」と言って、その後亡くなった。福竜丸はアメリカが警告していた海域からかなり離れたところにいたのに、大被害を受けた。要するに、アメリカも水爆がどのくらい危険なものであるのか、その威力をつかめていなかった。そのとき、原子力は人間が制御できない怪物なんだと知って、それ以降、「原発の平和利用」を信用しなくなった。
4.原子力の取材を全部断った。理由は簡単で人間が制御できないものを、いい調子で使えるはずないから自分は認めない、情けない話だが、雑誌の広告が足りなくなると電力会社に広告をお願いした。言えば直ぐ出してくれた。マスコミは広告で黙らされた。
5.福島第一原発の事故が起きたときに発売されていた『日経ビジネス』には、福島第一原発のプルサーマル発電の利点や安全性を絶讃する広告が1ページにわたって出ていた。有名な俳優さんが東京霞力の招待で福島第一を訪れ、所内に設けられた「失敗に学ぶ教室」を案内されて、「だからこそ安全運転が確保されるのだという思いを一段と強くしました」と話している。対談相手は、所長の故吉田昌郎氏である。
6.このとき1号機は運転開始から満40年を迎える直前で、現在のルールだと通常廃炉とされるが、この時点では法的規制がなく、40年廃炉は決まっていない。「古いと思われるでしょうが」と吉田所長はこの広告で発言しているが、「60年間の運転期間を仮定して、30年を迎える前に高経年化技術評価を行い、長期保守管理方針を策定して保全活動に取り組んでいる」と言っている。原子炉圧力容器以外は交換しているので、健全だと言う。事故が起きたまさにそのとき、よりによって日本を代表するビジネス週刊誌に福島の原発がフィーチャーされていた。皮肉なことで、東北各地の津波被害の報道から目が離せなかったが、なかでも福島第1の刻々の情報が気掛かりだった。
7.日本の人びとだけでなく、日本に滞在している外国人がいっせいに帰国、あるいは国外避難した。福島第1原子力発電所を紹介する広告が掲載された『日経ビジネス』の発売日に3号機建屋が爆発した。
8.東京電力は津波があそこまで来る可能性があることを知っていて、事前に警告まで出ていたというのに堤防をかさ上げしなかった。あれはGE社が開発・設計した原発である。「原子力の平和利用」で、アメリカと協定を結んで輸入した。東芝や日立がGEの指導を受けて製造・納入設置している。原子力委員会が設立(昭和31年)されたときには、ノーベル賞を受賞した物理学者の湯川秀樹さんがメンバーに入っていた。原子力委員会に引き入れたのは、湯川さんの弟子で中央公論の雑誌『自然』の編集部にいた森一久さん(京大物理学科卒)だった。湯川さんは原子力を導人するのは日本の自分たちが技術を獲得してからでいい、急ぐことはない、基礎研究からやるべきだと主張した。
9.委員長の正力松太郎はその主張を無視した。正力は、前年の昭和30年2.月の衆議院選挙で初当選して代議士になっている。かれは読売新聞の社主としてこの年「原子力の.平和利用」キャンペーンを陣頭指揮していた。実質的に読売新聞に君臨し、とにかく急いではじめよう、自力が足りないのなら買えばいいと、自説を押し通した。湯川さんはアタマに来て一年で委員会を飛び出した。森一久さんも晩年は"原子力ムラ"の退廃を批判している。
10.最初に買おうとしたイギリスの原子炉がうまくいかず、正力たちは、アメリカのGEに変更した。ところが、地震や津波の心配がないところに建てることを前提にしているGEの設計だから、非常用電源が地下に設置されていた。もし非常用電源が高台にあれば、津波が来ても何の問題もなかった。原子炉や配管、建屋内の電気系統などが津波でやられていなければ、である。
11、当時、みんな慌てて地下の非常用電源を高台に上げようしたらしいが、じつはそうでもなかった。東目本大震災から4年後の、平成27年に起きた関東東北豪雨災害で鬼怒川が決壊したとき、茨城県常総市役所の一階が水没して非常用電源がまったく使えなく、停電になったせいで地域の災害対策の司令塔であるべき市役所が、その機能を果たせずたいへんなことになった。驚くべきは、市役所はハザードマップで浸水の危険予測地域に指定されていたのに、非常用電源を守る手立てが何も講じられていなかったという事実である。ハザードマップをつくった課と、非常用電源の担当課が別だったから、と言う。


yuji5327 at 06:56 
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工学博士、技術士(応用理学)、
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池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
・土曜会(グループ展)
 作品展を毎年10月開催
(於:銀座大黒屋)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
・読売書法展(現在理事)
 読売奨励賞
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 春興賞の受賞:2回
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