2020年03月18日
光に反応する不安定な分子の計算は、既存の量子コンピューターにはまだ荷が重い。あらゆる問題が量子コンピューターで解けるようになるまでには30〜40年はかかる。
「大矢博之、杉本りうこ(ダイヤモンド編集部)著者:乗り遅れるな量子ビジネス、MUFGは「1億回使った」金融・化学業界が応用に本腰、週刊ダイヤモンド 2020.3.14」は参考になる。印象に残った部分の概要の続きを自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.量子コンピューターを使うことで、スパコンで1万回必要だった計算量が約100回で済むことが知られているが、この改良した計算手法を使うことで、量子コンピュータ1回当たりの計算を20分の1にすることができた。この成果を19年4月に査読前の論文として公開したところ、金融世界最大手の米JPモルガンが即座に引用し、IBMとの共同研究に活用したという。
2.金融業界と並んで、量子コンピューターの産業応用に近いと日されているのが化学業界である。化学反応をコンピューターで計算しようとした際に、1原子単位の物質の挙動まで調べようとすると、量子力学に行き着く。1990年代以降、量子化学計算という分野がアカデミックの世界で発展してきた。だが、スパコンで実際に計算できるのは、数個の原子で構成された低分子まで。原子の数が増えていくと計算量が爆発し、近似的な計算を強いられるなど完璧なシミユレーションは不可能だった。
3.量子化学計算の研究者にしてみれば、問題の解き方は分かっているものの、使えるマシンがない状態。量子力学の原理で動く量子コンピューターは、こうした難題を克服できそうな"救世主〃である。化学業界で量子コンピューターの応用先として今最も熱い分野は「次世代電池」の開発だである。現在主流で使われているのはリチウムイオン電池なのだが、将来の電気自動車の普及を見越し、より高性能な電池の開発競争は世界中で繰り広げられている。
4.中でも注目を集めるのは、リチウムを使った「リチウム空気電池」や「リチウム硫黄電池」など、リチウムイオン電池の。後継探しである。リチウムは元素の中でも原子が小型で、まだまだ小規模の量子コンピューターで計算するにはぴったり。リチウムがどういう反応で充放電するかの基礎的な振る舞いを理解するために使われている。
5.三菱ケミカルはリチウム空気電池の実現を目指し、リチウムと酸素の初期段階の反応のシミユレーションに成功した。また独自動車大手ダイムラーはIBMとリチウム硫黄電池の共同研究を進めている。
6.化学業界の注目は電池だけではない。JSRが期待するのは、半導体やディスプレーの製造で利用される新たな感光材の開発である。JSR四日市研究センターマテリアルズ・インフォマティクス推進室の大西裕也氏は、光を吸つて反応する感光材の計算は、原理的に正しくても、既仔のスパコンでは宇宙に存在する全ての原子を記憶素子として使っても不足する。スパコンの限界を量子コンピューターが打破してくれることに期待を寄せる。
7.光に反応する不安定な分子の計算は、既存の量子コンピューターにはまだ荷が重い。あらゆる問題が量子コンピューターで解けるようになるまでには30〜40年はかかる。それでも量子コンピューターに注力する理由について、これなら解けるという問題をいち早く選び出しておき、量子コンピューターがその性能に到達したときに速やかに使えるような準備をしておくと大西氏は強調した。
8.新興国がAIや機械学習、自動実験といった先進的なテクノロジーを活用し、従来日本が得意だつた分野で、人の手をかけずに品質の良い製品を作るかもしれないという危機感がある。競合に手の内を明かすことにもなるIBM Qネットワークハブに参加する利点について、量子コンピューターのエコシステムに入り込むことで、業界の進捗や優秀な人材がどこにいるかを早期に把握できる。
9.化学業界に近い製薬業界も創薬の現場において、複雑な構造の新薬の候補物質の探索や、大規模なデータを処理するゲノム解析などで、量子コンピューターに期待を寄せている。量子コンピューターの性能向上が進む中、高根の花であったマシンを身近な仔在にする動きも加速している。19年後半、米マイクロソフトのクラウドサービス「Azure」と米アマゾン・ドツト・コムの同じく「AWS」が、クラウド上で量子コンピューターのサービスを提供すると、相次いで発表した。
10.Azure上では米ハネウェルや米ベンチャーIonQのマシンを、AWS上ではIonQや米ベンチャーRigetti、カナダD-WaveSystemSのマシンが使えるようになる。AWSジャパンの長崎社長は、「従来不可能だった問題を解決できる可能性のある量子コンピューターには、これまでは一部の人しかリーチできなかった。間口を広げることで、ユースケースの可能性が広がる。日本でも複数の企業から問い合わせがある。クラウド経由で誰もが量子コンピューターを触れる時代が到来した。20年は量子コンピューターの産業応用を模索する動きが一気に加速する年になる。