2021年05月10日
細胞の自己組織化能は、注目を浴びている。ES細胞やiPS細胞を適切な培養環境で育てると、特定の細胞タイプ、たとえば、神経幹細胞に分化できる。
「竹市雅俊（理化学研究所名誉研究員）著：細胞の社会 組織はどのようにして作られるのか 學士會会報No.948(2021-��)は面白い。概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
１． 私たちの体は細胞からできているのだが、それを意識したり実感したりすることはあまりない。細胞は目に見えない。見えるのは体の表面を覆う皮膚とか毛とかである。CTやMRI検査を受けると体内の臓器が間接的に見えるが、細胞は依然として見えない。しかし、顕微鏡の力を借りて臓器の内部に分け入ると、細胞目線の世界が広がってくる。
２．このミクロン次元の世界は「細胞の社会」とよばれ、ここでは、細胞が集まったり分かれたり、増えたり死んだり、あたかも人や動物個体の次元で起きているような事象が展開されている。私自身の研究を通じて眺めた細胞社会の光景を少しだけ紹介し、読者の好奇心を少しでも刺激できたらと思う。
３．「細胞」は生命活動のための基本装調である。エネルギーを生産し分裂して数を増やす。そしてこの細胞は、細菌、原生動物など単細胞生物とよばれる生物種では、一個一個が独立した生命体として生きている。
４．ところが、植物や動物といった「多細胞生物」では、細胞が分裂しても離れない。結果として、増えた細胞の集団が目に見えるサイズにまで成長する。その出発点となるのが受精卵である。受精卵が分裂し細胞が増えて体を作る現象を「発生」というが、発生は2つの要素が同時進行する過程である。様々な種類の細胞を生み出す過程(細胞分化)、そして、細胞が体の構造を作りだす過程(形態形成)である。
５．著者は、後者の問題に関心を抱き、そのしくみの解明に取り組んできた。多細胞生物では、細胞がどうして離れないのか、生じた細胞集団がどのようにして精緻な構造をもった臓器を作るのか、等々が、著者が知りたいことである。因みに、動物と植物では、形態形成の原理がかなり異なるので、両者を一緒くたに研究・議論することは難しく、ここは動物の話に止める。
６．臓器の構造は一般に複雑だが、その一部を「組織」とよび、組織の次元で眺めると細胞の存在様式の基本型がみえてくる。「上皮組織」という一群の組織を例にとると、上皮組織は、胃、腸、膵臓、腎臓、皮膚など多様な臓器に共通に存在しており、それぞれの臓器に特有な機能(物質の吸収、分泌など多様さを担っている。上皮組織を構成する細胞を「上皮細胞」とよび、その集団が一層または数層からなるシートを形成して、多くの場合、管状構造を呈する。上皮細胞はそれだけで存在することはなく、必ず、間葉系細胞とよぶ別種の細胞集団から成る結合組織によって裏打ちされ、ここから成長因rなどを受け取って活動を維持している。これが上皮細胞を含む臓器の基本型である。
７．ここで、重要な点は、それぞれの細胞集団が、別々のコンパートメントを形成していて決して混じり合わないことである。心臓や脳など他の臓器の場合でも、異なるタイプの細胞集団が整然と区分け・配列されており、この体制が各臓器の機能を発揮するために必須である。
８．このような整然とした組織構造はどのようにしてできるのか。今や古典とよばれる一連の研究がこの疑問に対し重要なヒントを与えていた。発生期の臓器を取り出しタンパク質分解酵素(トリプシンがよく使われる)を含む生理的塩類溶液に浸しておくと、細胞がバラバラになる。細胞を結びつけている物質(細胞間接着物質)が酵素によって分解され、その結果、細胞が離れたものと解釈される。そして、その後が重要である。このバラバラにされた細胞は生きており、適切な条件で培養すると再び集まってくる。それだけでなく、違った細胞が選り分けられて、立派な組織構造が再構築される。
９．また、海洋動物ヒトデの胚(胎児)を、カルシウムイオン濃度を百分の一に薄めた海水に浸し、その後、ピペットで出し入れすると、胚を構成する細胞がバラバラになる(カルシウムイオンが細胞接着に必要なことを意味している。この細胞を正常海水に移して培養すると、この場合も細胞が再集合し、それどころか、体全体の構造が元に.戻ってしまう。いったん無秩序状態におかれた細胞でも、自ら秩序を取り戻すことができる。このような現象を細胞による自己組織化という。
１０．組織細胞が自然状態でバラバラになることはないので、細胞の潜在能力を観察できる。しかし、この能力があるがゆえに、発生の過程で生じた細胞は離れることなく多細胞構造体となり、また、これを維持していると考えることができる。細胞が自律的に集まりくっつくという性質は、多細胞動物由来の細胞にとって根源的なものらしく、試験管の中での生存に適応させた細胞(細胞株という)ですら、互いに接着する能力を何十年にも渡って保持し続ける。試験管内で生きるために必須な性質ではないと思う。
１１．細胞の自己組織化能は、近年、別の形で注目を浴びている。多能性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)を適切な培養環境で育てると、特定の細胞タイプ、たとえば、神経幹細胞(神経系の元となる細胞)に分化させることができる。そして、この細胞の培養を続けると自然に網膜や脳の構造が形成される。できた構造体はオルガノイドとよばれ、人工臓器の開発につながると期待され、流行の研究分野となっている。ここでの細胞自律性は、幹細胞から多種類の細胞が分化する過程を含むので、古典的な実験から明らかにされた以上の自己組織化能が細胞にあることが分かる。受精卵は自然に発生するので、その自律性は自明なのだが、このような実験から、発生によって生まれてくる個々の細胞にまで自律性が付与されているのだと思う。多細胞生物体においても、個々の細胞は、ある意味、独立した生命体である。
１． 私たちの体は細胞からできているのだが、それを意識したり実感したりすることはあまりない。細胞は目に見えない。見えるのは体の表面を覆う皮膚とか毛とかである。CTやMRI検査を受けると体内の臓器が間接的に見えるが、細胞は依然として見えない。しかし、顕微鏡の力を借りて臓器の内部に分け入ると、細胞目線の世界が広がってくる。
２．このミクロン次元の世界は「細胞の社会」とよばれ、ここでは、細胞が集まったり分かれたり、増えたり死んだり、あたかも人や動物個体の次元で起きているような事象が展開されている。私自身の研究を通じて眺めた細胞社会の光景を少しだけ紹介し、読者の好奇心を少しでも刺激できたらと思う。
３．「細胞」は生命活動のための基本装調である。エネルギーを生産し分裂して数を増やす。そしてこの細胞は、細菌、原生動物など単細胞生物とよばれる生物種では、一個一個が独立した生命体として生きている。
４．ところが、植物や動物といった「多細胞生物」では、細胞が分裂しても離れない。結果として、増えた細胞の集団が目に見えるサイズにまで成長する。その出発点となるのが受精卵である。受精卵が分裂し細胞が増えて体を作る現象を「発生」というが、発生は2つの要素が同時進行する過程である。様々な種類の細胞を生み出す過程(細胞分化)、そして、細胞が体の構造を作りだす過程(形態形成)である。
５．著者は、後者の問題に関心を抱き、そのしくみの解明に取り組んできた。多細胞生物では、細胞がどうして離れないのか、生じた細胞集団がどのようにして精緻な構造をもった臓器を作るのか、等々が、著者が知りたいことである。因みに、動物と植物では、形態形成の原理がかなり異なるので、両者を一緒くたに研究・議論することは難しく、ここは動物の話に止める。
６．臓器の構造は一般に複雑だが、その一部を「組織」とよび、組織の次元で眺めると細胞の存在様式の基本型がみえてくる。「上皮組織」という一群の組織を例にとると、上皮組織は、胃、腸、膵臓、腎臓、皮膚など多様な臓器に共通に存在しており、それぞれの臓器に特有な機能(物質の吸収、分泌など多様さを担っている。上皮組織を構成する細胞を「上皮細胞」とよび、その集団が一層または数層からなるシートを形成して、多くの場合、管状構造を呈する。上皮細胞はそれだけで存在することはなく、必ず、間葉系細胞とよぶ別種の細胞集団から成る結合組織によって裏打ちされ、ここから成長因rなどを受け取って活動を維持している。これが上皮細胞を含む臓器の基本型である。
７．ここで、重要な点は、それぞれの細胞集団が、別々のコンパートメントを形成していて決して混じり合わないことである。心臓や脳など他の臓器の場合でも、異なるタイプの細胞集団が整然と区分け・配列されており、この体制が各臓器の機能を発揮するために必須である。
８．このような整然とした組織構造はどのようにしてできるのか。今や古典とよばれる一連の研究がこの疑問に対し重要なヒントを与えていた。発生期の臓器を取り出しタンパク質分解酵素(トリプシンがよく使われる)を含む生理的塩類溶液に浸しておくと、細胞がバラバラになる。細胞を結びつけている物質(細胞間接着物質)が酵素によって分解され、その結果、細胞が離れたものと解釈される。そして、その後が重要である。このバラバラにされた細胞は生きており、適切な条件で培養すると再び集まってくる。それだけでなく、違った細胞が選り分けられて、立派な組織構造が再構築される。
９．また、海洋動物ヒトデの胚(胎児)を、カルシウムイオン濃度を百分の一に薄めた海水に浸し、その後、ピペットで出し入れすると、胚を構成する細胞がバラバラになる(カルシウムイオンが細胞接着に必要なことを意味している。この細胞を正常海水に移して培養すると、この場合も細胞が再集合し、それどころか、体全体の構造が元に.戻ってしまう。いったん無秩序状態におかれた細胞でも、自ら秩序を取り戻すことができる。このような現象を細胞による自己組織化という。
１０．組織細胞が自然状態でバラバラになることはないので、細胞の潜在能力を観察できる。しかし、この能力があるがゆえに、発生の過程で生じた細胞は離れることなく多細胞構造体となり、また、これを維持していると考えることができる。細胞が自律的に集まりくっつくという性質は、多細胞動物由来の細胞にとって根源的なものらしく、試験管の中での生存に適応させた細胞(細胞株という)ですら、互いに接着する能力を何十年にも渡って保持し続ける。試験管内で生きるために必須な性質ではないと思う。
１１．細胞の自己組織化能は、近年、別の形で注目を浴びている。多能性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)を適切な培養環境で育てると、特定の細胞タイプ、たとえば、神経幹細胞(神経系の元となる細胞)に分化させることができる。そして、この細胞の培養を続けると自然に網膜や脳の構造が形成される。できた構造体はオルガノイドとよばれ、人工臓器の開発につながると期待され、流行の研究分野となっている。ここでの細胞自律性は、幹細胞から多種類の細胞が分化する過程を含むので、古典的な実験から明らかにされた以上の自己組織化能が細胞にあることが分かる。受精卵は自然に発生するので、その自律性は自明なのだが、このような実験から、発生によって生まれてくる個々の細胞にまで自律性が付与されているのだと思う。多細胞生物体においても、個々の細胞は、ある意味、独立した生命体である。
