健康

2018年12月06日

健康を生きかたの問題と考え、心の問題、魂の問題だと納得すると、単なる健康法ではない、深く広い世界が現れる。仏教的な健康が人生の目的であるというのは、そういう意味である。


「五木寛之著::養生の実技、角川書店、2004年12月」は参考になる。「第1章:不信と不安の時代に折れずに生き抜く知恵」の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.40代、50代のころは、なんとなく誕生日がいやだった。1年ごとに老いていくのを、数字で示されるような気がした。70歳をこえてからは、ひとつずつ年が増えたいくのがうれしい。この年まで元気で仕事をできたことが、幸せと感じられる。実際には、心身、ともに相当ガタがきている。
2.食べるものは毎回おいしい。なにを食べても、旨いと感じる。体のなかでも胃腸だけは丈夫で、毎日、気持ちよく排出できる。歩くことには自分流にこだわってきた。しかし、人間は生まれながらに病んでいるわけだから、心身に問題は常に発生する。日中はくたくたになるまで野良仕事をし、夜は疲れて死んだように眠る。それが支配者にとって、もっとも望ましい民衆の姿である。早寝早起きが人間のもっとも自然で、望ましいライフスタイルだ、と、みな信じている。医学の専門家たちがもっともらしい理屈をならべてそのことを教える。
3.親鷺は「法然師に騙されて地獄へ落ちるようなことがあったとしても、私は絶対に後悔しな」と言った。学生のころ、アンがージュマンという言葉が流行した。社会的行動に自己を賭けるという意味に用いられた。退路を断って身を投じる、というのに近い。なにをやるにしても、覚悟が必要である。自分ひとりの道をいくときはもちろんだが、大勢に順応して万人の道をゆくこともまた危い。養生もまたしかりである。
4.自分の実感を信じて、世間の常識に逆らう生きかたを選ぶ以上、あとで泣き言をいうのは恥ずかしい。著者は72歳まで、健康診断とか、定期検診を一度もうけずにすごしてきた。有名な人間ドックや病院から、健康診断の勧誘は絶えない。体の奥からは、「行かなくてよい」「行かないほうがよい」と囁きかけてきた。
5.ガンに限らず成人病は、どんな元気な人にでもおのずと出てくる。早期発見こそ治療の王道である、という声は、巷にみちみちている。早く見つかったために手術に成功して完治した、などという話は枚挙にいとまがない。健康診断をうけないというのは、非常識で、恥ずかしいことだと皆がいう。
6.病気は治らない。治めるだけだ。完治という言葉がすでマヤカシである。手術が大成功してガンが消えたら、体はもとに復するか。体にメスを入れたという経歴は、決して身体の歴史から消し去ることはできない。アフガニスタンやイラクの治安が回復したとしても、その傷跡は残る。早期発見というのはすでに手おくれで、むしろ手がつけられないほど症状が進んで、末期発見されることこそ望ましい。
7.末期発見というのは、急に体がおとろえて、変調が自分にもはっきりわかり、病院に行かなければ苦痛が治まらない状態で、診察をうけることである。検査をうけずに暮すということは、手おくれを覚悟することである。そうなったら、あきらめるしかない。
8.それは命を粗末にあつかうことではなく、命を大切にしたいから、できる限り、切ったり、焼いたり、薬品で叩いたりすることをやめる。おのれの天寿をうけ入れて、世を去ることを認めるという代償を払う決心が、つくかどうかである。
9.健康は、現代人の抱くもっとも大きな願望のひとつだが、古代の人びとも健康と長命を願いつづけてきた。自分自身の関心事も、身体のコンディショソを維持することにある。このまま病院のお世話にならずに生涯を終えたい。
10.病院の門をくぐらずに生きることは、ほとんど不可能にちかい。思いがけぬ災難ということもある。健康を人生の目的だなどといえぽ、もっと高い目的はないのか、と笑われる。自分の健康を自分で守るということは、ある意味で魂の問題だと思う。身体のコンディションをたもつということは、心のコンディシヨンをたもつことである。心身一如とはそういうことである。
11.
健康を生きかたの問題だと考え、心の問題、魂の問題だと納得すると、単なる健康法ではない、深く広い世界が現れる。仏教的な健康が人生の目的であるというのは、そういう意味である。どんなに健康と長寿に恵まれた人間でも、一定の時間ののちに必ず死ぬ。死は私たちが誕生するときにリセットされた絶対不変の約束である。


yuji5327 at 06:35 

2018年11月21日

500mも登れない自分が、5年後.エベレストに登頂したらおもしろいと言い聞かせた。背中には30kgの荷物、片足には計5kg足首のおもりを装着し、街を歩き回った。


「三浦雄一郎著:富安京子(ジャーナリスト)インタビュー:90歳でのエレベスト登頂へスイッチON、エコノミスト、2018.11.20」は面白い、概要の続きを自分なりに纏めると以下のようになる。
1.三浦氏の五輪への夢は消えたが、スキー人生がなくなったわけじゃないと、次の一歩を踏み出そうと北大を辞め、登山用具の会社に再就職。新天地としてプロスキーヤーの道です。62年、アメリカで第1回プロスキー選手権大会が開催されるというので、知人のアメリカ人や会社社長に頼み込んで英文で必死になって申請書を作り、先方に送るとエントリーを認められた。試合では12位に食い込むことができた。
2.三浦氏のスキー人生に大きな影響力を与えたのは営林署職員で山岳スキーの開拓者、父・敬三氏の存在である。99歳でモンブラン山系最長のバレーブランシュ氷河をスキー踏破、101歳で他界するまで、生涯現役の夢を持ち続けた。そんな父の教えを受け、高校では夏は山登り、冬はスキーに明け暮れる。49年の青森・岩木山での弾丸滑降レースが滑降事始め。大学でも山岳部とスキー部に入り、スキーざんまいの日々を送った。
3.50代の時、85年にはロシアにあるカフカス山脈最高峰のエルブルース(5642m)と、長男の雄大とともにアンデス山脈の南米大陸最高峰アコンカグア(6960m)を登頂、滑降し、世界7大陸の最高峰を制覇した。これで一区切りついたという安堵感が胸をよぎり、半分以上はリタイア気分だった。ある時、テレビで私のドキュメント番組を作ることになり、山で亡くなった友人やシェルパをしのぼうと、思い出の地エベレストのべースキャンプへ行こうと提案したが、体力がまったくついていかず、3500m地点でいち早く高山病にか
かる始末だった。当時は札幌市に住んでいて、毎晩ビールに焼き肉やジンギスカンと暴飲暴食のうえ、トレーニング不足だった。
4.60歳前の検査では、身長165cm、体重82kgで、体脂肪率40%の見事なデブになっていた。生活習慣病で不整脈もあり、もともと心臓の悪い家系で、三浦氏は3度心臓病の手術をしてますし。満身創痍の状態の中で、父を見ると、白寿の記念にモンブランの氷河を滑降すると、トレーニングに余念がない。
5.このままでは明日死ぬかもしれない、それならやりたいことをやってから死のうと思い、まだエベレストのてっぺんは極めていないので、登ろうと思った。そのためにはまずは元の健康な体を取り戻すために、自宅近くの藻岩山(531m)でのトレーニングを再開したが、途中で息切れ.あぶら汗びっしょりで立ち上がる気力もない。500mも登れない自分が、5年後.エベレストに登頂したらおもしろいと自分に言い聞かせた。背中には30kgの荷物、片足には計5kg足首のおもりを装着し、街を歩き回った。5年あれば準備できる、絶対に登るぞと決めた。その後3年間で6回もヒマラヤ遠征、すべてはエベレスト初登頂の訓練だった。
6.豪太と一緒の70歳での初登頂が成功した。山では不整脈や心房細動で死にかけたり、高山病、急性の脱水症状に苦しめられた。現地の医者の言葉が三浦氏の背中を押した。「おまえのパラシュートで降りる映.画を何回も見た。その男が山頂を目の前にここで死ぬわけがない。とプラス思考である。
7.下山にヘリコプターを利用したことで物議を醸しましたが、標高6500m地点から十数時間かけて下山する予定だったが、すでに頂上で疲れはピークに達していたし、氷の滝(アイスフォール)が気温上昇で溶け出していたため非常に危険な状態だつた。冒険心に突き動かされて遭難した先輩方や仲間の姿が脳裏をよぎり、死ねば2度と山には登れない。生きて帰って最挑戦する道を優先した。周りにも「疲れた、疲れた」と平気で言葉に出した。
8.現在86歳である。だからその前哨戦として来年1月、アコンカグアに再挑戦する。その前に数度、富十山へのゆっくりとした登頂を繰り返す。体力と健旗状態を細かくチェックしながら、アコンカグアでエベレスト行きが本当にできるのかどうかを判断してみたいと思った。
9.三浦氏は現在、健康維持の秘密を探る専門家の研究対象でもある。DNAから冒険遣伝子や長寿遺伝子、スーパーヒーロ遺伝子は解析されたが、何も見つからない。冒険スピリットが人より強い。人類は冒険をする生き物。よりいい環境を求めて祖先はアフリカを出て世界へと散らばった。エベレスト登頂に成功するかどうかも大事だけど、自分の体の声と相談しながら、登頂を決定するその過程も楽しむ。


yuji5327 at 07:15 

2018年11月20日

一歩間違えば死の世界。怖くないと言ったらウソになるが、死は誰にでも100%の確率でやってくる。いつどこでその瞬間を迎えるかの違いだけである。滑降する時は死ぬ覚悟でやっている。


「三浦雄一郎著:富安京子(ジャーナリスト)インタビュー:90歳でのエレベスト登頂へスイッチON、エコノミスト、2018.11.20」は面白い、概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1.70歳で挑んだ2003年のエベレスト登山ではシェルパたちに「ミウラは人間じゃない、イエティ・サーブ(雪男のだんな)」と呼ばれた。37歳でエベレストから初めて滑降したときは、パラシュートで着地するなんてだれも想像しなかったし、世界からはクレージーだと言われた。70歳からは5年おきに、エベレスト登頂を目指した。
2.一歩間違えば死の世界。怖くないと言ったらウソになるが、死は誰にでも100%の確率でやってくる。いつどこでその瞬間を迎えるかの違いだけである。どこで死ねば自分にとって幸せと思えるか、を考えることのほうが大事だから滑降する時は死ぬ覚悟でやっている。
3.これまで最も身近に死を感じたのは10回以上体験したが、特に1977年の南極の無名峰(標高2400m)からの滑降である。大学3年の時、第1次南極観測隊の越冬隊員に志願したが、スキー部の仲間5人は受かったが、三浦氏だけは失格。計画書に「最高峰からの滑降」と書いたのが「ふざけている」と評価された。
4.77年2月、ブリザードの季節、念願のそのチャンスが来た。急斜面を滑っていくと何か嫌な予感、違和感を感じると、見る間に周りの雪にヒビが入り始め、雪崩に巻き込まれた。体が回転する中で、小学生の時習った「雪崩が起きたらスキー板を外して頭を下に」という山岳スキーの鉄則を思い出した。とっさに板を上らげて頭を下にしたら、スキーが翼となって竹とんぼようセ体が浮き上がり、どこかで爆発音のような音もする。
5.どうやら1000mほど落下したようで、その時なぜかこのまま助かったらぜいたくな人生だと思った。ぜいたくだあと心で叫んでいるうち気を失い、気がついたら山盛りの雪の上にスキーを履いたままあぐらをかいて座っていた。その数日後には、今度はクレパスに落ちた。相棒のカメラマンとローブにつながれたまま青く輝く氷の絶壁で振り子のようにく揺れていた。命拾いしたのは、落ちた瞬間に山の名人である小椋成人さんが、とっさに反対の斜.面に飛び込み、ロープをピッケルに絡ませてくれたからである。
6.70歳以降のエベレスト登頂では、いつも次男・豪太さんのサボートがあった。豪太さんは僕の後をピタリとついてきて、ザックにつなげた機器で僕の心拍数や水を飲む時間のチェックをしていた。べースキャンプでは1日の状況をインターネットで日本にいる専門家に送信して健康状態を分析してもらった。豪太さんが、三浦氏の75歳のエベレスト登頂の時、重症の高山病の肺浮腫になった。酸素が薄く、吹雪くと−50℃にもなる極限の地での病である。
7.極限で人はどう死ぬかを描いた小説『ラスト・ブレス』(ビーター・スターク著)を三浦氏も豪太さんも読んでいた。小説の中に、肺浮腫から脳浮腫になった登場人物が、ステロイド系の薬を注射するシーンが出てくる。豪太さんは万が一のためにその薬をザックに人れていた。そして薬を自分で右の太ももに注射し、ことなきを得た。こういう相棒がいてくれるおかげで三浦氏の冒険が成り立っている。その時は天候も悪かったけれど、もう登頂どころではなかった。豪太さんが生きてくれたことがうれしかった。
8.三浦氏を世界的に有名にしたのは、64年にイタリア・アルプスで開かれたスピードスキーレース「キロメーターランセ」である。風洞実験を横浜市の日本飛行機の工場で行い、風を制御した滑降姿勢をものにして7位となった。転倒しても起き上がってスタート台に立つその姿を、地元ファンは“不死身のカミカゼ”と呼び、優勝したイタリア人選手以上の人気者になった。
9.66年にはオーストラリア大陸最高峰コジアスコ(2228m)、翌年に北米大陸最高峰デナリ〔旧称マッキンリー、6194m)、70年にアジア大陸最高峰工ベレスト(8000m)からのスキー滑降)、81年アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ(5895m)、83年には南極大陸最高峰ビンソン・マッシフ(4892m)を制覇。70年のエベレスト・サウスコルからの滑降を描いた「エレベストを滑った男」はアカデミー賞記録映画部門で受賞した。
10.、冒険に挑むきっかけは、三浦氏がアマチュアスキー界から追放され.プロスキーヤーとなったためである。59年ごろ、当時、北大獣医学部の助手で、学長秘書だった朋子さんと結婚した。朋子さんもスキー選手だったので、夫婦で五輪へ出ようと意気投合した。その前年には長野・志賀高原での全日本選手権で優勝。出身地の青森県大会でもトップ。何とかなるかもしれないという計算だったが、この大会では青森県の出場枠が4人なのに、2人しか出場者がいない。あと2人出したらという著者発言が生意気とされ、アマチュア資格剥奪、永久追放となった。この時、名が知れていたアルペンスキー選手の猪谷千春さんが「三浦君をスキー界から追放することこそもったいない」と弁護してた。


yuji5327 at 06:31 

2018年11月14日

70歳以上の高齢者には3つの移動能力が重要。1つ目は、「立ち座り能力」。2つ目は、「転倒予防能力」。3目は、「歩行能力」で、一定の速さを維持して歩く能力。

「久野譜也(筑波大学教授):百歳まで元気に過健幸な身体づくりの最前線、学士会報No.933(2018-検)は参考になる。印象に残った部分の概要の続きを自分なりに補足して纏めると以下のようになる
1.2009年、WHOが「死因ワースト20」を発表した。1位が高血圧、2位が煙草、3位が高血糖(糖尿病)、4位が運動不足、5位が肥満である。気付いて欲しいのは、「運動不足を解消すると、死因ワースト5のうち、4つが解消される」ことである。運動不足の解消は、認知症の予防にも効果的である。
2.「認知症は生活習慣病であり、最大の危険因子は運動不足である」というデータもある。なお、日本人の寝たきり要因の第1位は脳卒中で、運動は、動脈硬化の予防の上でも重要である。
3.厚労省が定める1日の食塩摂取目標量は、男性9g未満、女性7.5g未満である。カップラーメンには11gも含まれるので、これだけで塩分の摂り過ぎである。コップ1杯の水に塩11gを溶かして飲もうとしても辛くて飲めまないせんが、ラーメンだと旨味があって飲めてしまう。実は和食の朝食(昧噌汁、梅干、漬物、塩鮭、冷奴、海苔、お浸しなど)
も、一食だけで塩分過多となる。健康に悪いから食べるのを止めるのでは、人生楽しくない。食品には使用量の多い順に原材料を表示する義務がある。著者は甘い物が好きだが、砂糖が表示の3番目までに出てくる食品は買わない。材料表示の決まりを知り、マイ・ルールを設けると、塩分や糖分の摂り過ぎを制御できる。
4.学生時代、「二十分以上続けて歩かないと、脂肪は燃焼しない」と習ったが、10数年前にこの説は否定され、「まとめて歩いても、細切れに歩いても、合計歩数が同じなら効果は同じ。.歩きだめも意昧がある」と立証された。これを知っていれば、自分の生活の中に上手にウォーキングを採り入れられます。ポイントは、「必
ず一つ手前の駅で降りて歩く」「階段は絶対に登る」など、生真面目に決めないこと。続かなくなるからである。その日の天気、体調、荷物の多寡に合わせ、無理せず、できる時に多めに歩くよう心がける。
5.約10万人のデータを元に、一日の歩数(年間平均)によって「低」「中」「高」にグループ分けし、1人当たりの年間医療費を比較した研究がある。55歳を見ると、「低」グループは9万9千円、「高」グループは4万1千円で、歩数と医療費の間に綺麗な連関がある。これは中年の医療費の一番の原因が生活習慣病だからである。75歳(高齢者)を見ると、「低」グループは39万9千円、「高」グループは34万円で、両者の医療費は近づいている。高齢者の疾病は歩くだけでは解決しない。
6.60代までは生活習慣病(動脈硬化、メタボ、脳卒中)の対策が重要だが、70代以降は筋肉対策が重要である。これらを上手に行うことが、健康長寿の秘訣である。生活機能の中核となる能力は移動能力である。高齢者にとって、次の3つの移動能力が重要である。1つ目は、「立ち座り能力」。立ち上がるのに杖や介助が必要だと、動きにくい。2つ目は、「転倒予防能力」。3目は、「歩行能力」で、一定の速さを維持して歩く能力のこと。片道3車線の道路を、信号が変わる前に渡りきれるかどうかが、大きな分かれ目である。
7.MRIで太腿の輪切り写真を見ると、加齢により筋肉量が減っていること(サルコペニア)がわかり、これが高齢者の移動能力低下と転倒骨折の原因になる。超高齢化社会となった今、百歳まで元気に生きるには、サルコペニアの予防が最重要である。
8.筋肉量を維持するには、筋トレしかない。ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動では、筋肉量の低下は防げない。しかし、脳卒中と動脈硬化の予防や、「体に悪い」とされる内臓脂肪を落とすには、有酸素運動が有効で、筋トレでは効果がない。有酸素運動、筋トレ、食事をバランスよく実践することが健康長寿の秘訣である。転倒を防止し、歩行能力を維持する上で特に重要なのが、大腰筋です。大腰筋は大腿骨の深部にある筋肉で、30歳を過ぎると減り始め、40代になると年1%ずつ右肩下がりで減っていく。一方、上肢の筋肉の落ち方はそこまで急速ではない。理由は不明だが、「老化は脚から」というのはデータ的にも正しい。
9.上肢と下肢のそれぞれで筋トレを行うべきだが、下肢を鍛える上で一番良いのは、スクワットである。筋トレ6種目のうち、4種目以上を、10回1セットとして1〜2セットずつ、10週間続けてみる。サッカーのキックのような動作も、太腿前面の筋肉の維持に効果的である。慣れてきたら負荷を増やし、チューブを使ったり、足に500g−1kgの負荷をかけてみる。



yuji5327 at 06:46 

2018年11月13日

人々が歩いて暮らせるまちができたら、医療費が抑制できる。歩数が1歩増えると、医療費が0.061円減る。1万人が1日当たり2000歩増やすと、年間で4億円の医療費を削減できる。

「久野譜也(筑波大学教授):百歳まで元気に過す、健幸な身体づくりの最前線、学士会報No.933(2018-検)は参考になる。印象に残った部分の概要の続きを自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.筋トレで大事なのは、ゞ敍は寝ている時に増えること、筋肉は食事で摂取したタンパク質から作られること、6撻肇譴慮果は貯金できないこと、である。野菜だけでは駄目で、筋トレをした日は動物性タンパク質を、魚よりも肉の方が効果的で、豚肉は長寿の秘訣なので、週に最低2日は食べる。アルブミンというタンパク質が、高齢者に起こりやすい栄養不良を防ぐ。
2.数カ月かけて筋肉を増やしても、筋トレをやめると元に.戻る。継続が肝心である。筋トレはアンチ・エイジングにも効果的で、何歳から始めても効果が出る。98歳で始めた人でも、筋肉が増えたことが確認されている。
3.筋トレはダイエットにも効果的である。「基礎代謝」は、呼吸、血液の循環、消化など、生命を維持するのに必要な最低限のエネルギーのことで、一日の総消費エネルギーの7割を占める。
4.筋トレをして筋肉を増やすと、基礎代謝が上がり、太りにくくなる。/事のみ、⊃事とウォーキング、食事とウォーキングと筋トレ、の三つのダイエットを比較すると、いずれのダイエットも、3ヵ月続ければ、平均3.5圓梁僚鼎落ちるが、,筬△両豺隋筋タンパクの分解が進むので、脂肪だけでなく筋肉も落ち、転びやすい体になる。結局、筋肉を維持しつつ、脂肪だけを落とすには、の食事とウォーキングと筋トレを組み合わせるしかない。
5.都市環境が健康に一定の影響を及ぼすことが分かってきた。例えば、東京都民、大阪府民、愛知県民の中で、車の利用率が突出して高いのは愛知県民で、糖尿病患者数が最多なのも、愛知県民である。東京都民と愛知県民に健康知識の差はないから、愛知県の都市環境に問題がある。
6.もう一つの例は、著者は北柏の自宅から筑波大学まで、かつては車で通勤していたが、朝、研究室に着くと、歩数は800歩だった。つくばエクスプレスができ、電車とバスによる通勤に代えたら、通勤ルートで20分以上歩く所は一つもないのに、研究室に着くと、歩数は3800歩になっていた。通勤手段を車から公共交通に代えただけで、往復で6000歩も歩数が増えた。公共交通の再整備が、市民の健康政策になると分かった。
7.WHOも、歩きやすさに配慮した町(ウォーカブル・シティ)に注目し始めた。ロンドンのホームページでも、町をウォーカブル・シティに変える政策が紹介されている。パリ、ニューヨーク、東京もウォーカブル・シティである。日本では、地方都市ほど車に頼らなければ生活できず、不健康になりやすい環境になっている。
8.手本にしなるのが、ドイツのフライブルクで、この町では1970年代、環境への配慮から、世界に先駆けて中心市街地への車の進人を原則禁止し、LRTなどの公共交通を再整備し、快適な歩行空間を形成した。当初、商店街は猛反対したが、結果的に売り上げが3倍以上増えた。人々が商店街を歩き回るので、滞留時間が伸び、公共交通を利用すれば食事の際にお酒も飲め、飲食店で使う金額も増えた。
9.フライブルクは経済が活性化し、医療費もドイツで下から2番目に低くなった。同市が公共交通を再整備したのは環境のためだったが、健康にも良いと判明し、他の都市にも広がっている。
10.アメリカ西海岸のポートランドは、LRTを整備して「車優先」から転換し、アメリカ人が「全米で1番住みたい町」と羨望する町になった。フランスのナントでも、かつては片側3車線が全て車道だったが、現在、車道は1車線だけで、残りはバス専用レーン、自転車道、拡張された歩道である。郊外に住む人は、町の外縁にある駐車場まで車で来てそこに駐車し、バスに乗り換え、中心部に行く。1日1ユーロと安価で、そのチケットで往復バスに乗れる。信号がバスを感知すると青に変わるので、バスは途中、一度も信号で止まらない。数分おきに、時間に正確に運行されている。
11.人々が歩いて暮らせるまちができたら、医療費をどれだけ抑制できるのか、計算したら、歩数が1歩増えると、医療費が0.061円減る」ことが分かった。1万人が1日当たり2000歩増やすと、年間で4億円の医療費を削減できる。LRTは富山市、福井市、宇都宮市で導入されたが、多額の初期投資がかかるため、反対運動が起き、なかなか日本全体に広がらない。これまではLRTの効果として、渋滞解消や都市環境の改善が言われるだけでしたが、今後は市民の健康への影響や医療費の抑制に訴えることができる。
12.現在、「ソーシャル・キャピタル」という言葉が注目されています。定義は様々だが、。東日本大震災以降、コミュニティがある地域に住む人ほど、健康度が高いと、データでも確認されている。ソーシャル・キャピタルが低い地域に住むと、健康が悪化する。ウォーカブル・シティは、ソーシャル・キャピタルを上げる点でも重要である。週3日以上外出する人の健康度は高い、というデータもある。日本人男性の多くは、リタイア後の社会参加が苦手で、リタイア後も30〜40年の人生が残されている。会社の仲間だけでは長寿社会は暮らせない。


yuji5327 at 06:36 

2018年10月07日

1日30品目神話は過去の話


「井手ゆきえ取材:1日30品目神話は過去の話、週刊ダイヤモンド 2018.10.06」は参考になる。概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1.1985年、当時の厚生省が提唱した食生活指針に「1日30品目」というものがある。多品目をバランスよく食
べましょう、ということだが、この「30」という数字には根拠はない。結局、15年後の2000年には、指針から1日30品目という言葉が消え、「主食、主菜、副菜」を基本にバランスの良い食事を、という目標に変わった。
2.今年8月、米国心臓協会(AHA)が、「多品目を食べることが、適正体重の維持につながるという"エビデンス"はない」という声名を出した。声明の作成にあたり、米テキサス大学公衆衛生大学院疫学・ヒト遺伝学・環境科学のOtto氏らは、2000年1月〜17年12月に発表された食生活と体重に関する調査研究を解析した。その結果、多品目を食べることが適正体重の維持や健康的な食生活につながるとする根拠はないことが示された。さらに、多品目にこだわった食生活は、摂取カロリーが増加するばかりか、食事がパターン化して体重が増える可能性が示唆された。
3.声明では食品数をむやみに増やすのではなく、果物類、野菜類、豆類、全粒穀物、低脂肪の乳製品や植物油、鶏肉を適量食べ、赤身肉や菓子類、甘い飲み物を控えめにするよう推奨。「品目数よりも健康的な食品を食べ続けることが大切だ」としている。
4.米疾病対策センターの報告によると、米国では成人の実に4割が体格指数30以上の肥満体形だ。肥満が引き起こす2型糖尿病、心疾患などの治療に費やされる医療費は年間2000億ドルに達する。AHAが多品目神話にメスを入れたのも、肥満大国、米国の将来に危機感を覚えたからである。
5.われわれも「1日30品目」にこだわる必要はない。もっとシンプルに、日本食品標準成分表の大分類-穀類、豆類、魚介類、野菜類などの14カテゴリー(菓子類、調理加工食品類などを除く)から1品ずつ選び、1日1回は食べるだけで十分に5大栄養素をカバーできる。


yuji5327 at 06:41 

2018年09月11日

ロイテリ菌

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ロイテリ菌と混合培養された歯周病菌
ロイテリ菌によって増殖が抑制
代表的な歯周病菌すべてを試験
同様の結果
ロイテリ菌と一緒に歯周病菌は増殖できない


yuji5327 at 06:58 

2018年08月26日

脳の血管は、猛暑で影響が出る。目まいなどで熱中症を疑うが、実は脱水で血液が濃くなり、血管を詰まらせて脳梗塞になる。高齢者は水分摂取に注意。


「大隅典子(東北大学教授):超音波で認知症、神経細胞を支える脳の血管、週刊ダイヤモンド、2018.08.04」は参考になる。概要を自分なりに纏めると以下のようになる。
1.神経細胞はデリケートな細胞だ。脳の血管が詰まつて酸素や栄養が補給されないと、数分のうちに壊死を起こす。脳の血管が破裂して出血することでも、神経細胞は死んでしまう。このような脳梗塞、脳出血などを脳卒中と呼び、現在でも全死因の1割を占める。
2.脳卒中で命が助かった場合でも、梗塞や出血が生じた脳の場所によっては、さまざまな後遺症が残る。手足のまひや言語障害が起こることも。さらに、認知機能障害につながることもある。
3.神経細胞の生存に欠かせない脳の血管。そして、近年はアルツハイマー型認知症.の危険因子としても、血管の病態が着目されている。例えば、加齢に加えて高血圧、糖尿病、脂質異常症など、動脈硬化症のリスクが高い人はアルツハイマー型認知症になりやすい。
4.脳の血管を標的として、認知症の予防や治療につなげられないかと考える研究者たちがいる。有名なテーマは、大人になってからも神経細胞が生まれる「神経新生」である。記憶障害や抑うつ症状などに深く関わる海馬という脳の領域には、神経細胞の元となる神経幹細胞が成体でも存在し、神経細胞になる。
5.ラットやマウスを用いて神経新生.の度合いが記憶や学習、うつ状態に関わることを示した論文は、世界中でそれこそ掃いて捨てるほど発表されている。マウスの飼育箱に回転車や遊び道具などを置き、複数匹を刺激の豊富な「エンリッチ環境」で飼育すると、神経新生は向上する。
6.このとき、海馬の中で増加するのが血管内皮細胞増殖因子(VEGF)という物質である。その名の通り、血管の一番内側にある内皮細胞を増殖させる効果があり、新たな血管を作るのに働く、
6.著者の研究室でも、神経細胞の突起伸長の制御に関わる「エフリンA5」という因子が、神経新生.にも重要であることを米科学誌「ステムセルズ」に2010年に発表したのだが、この研究.には裏話がある。
7.脳を顕微鏡で観察する際には、「還流固定」といって、心臓に針を刺して観察しやすくするための固定液を体の隅々まで行き渡らる必.要がある.、この実験をしていた研究員のH君が、「エフリンA5のノックアウト(KO)マウスの方が、還流固定が難しいんですよね……」とぼやいていた。
8.「もしかして、脳の血管が細いからでは?・だって、エクササイズで海馬の血管が太くなるっていう論文があったでしょう?」と伝えて調べてもらったところ確かにKOマウスの海馬の微小血管が細いことが分かった。
9.そこで、「降圧剤を使って血流を改善すれば、KOマウスの神経新生の低下を改善できるかも?」と考え、薬剤投与をする実験をH君に依頼した。だが、うちの研究室に来るまで
ウニの発生の研究を行っていたH君には、細い実験器具をマウスの口から胃に入れて降圧剤を投与することは難易度が高過ぎ、実験はうまくいかなかっな。研究は種々の理山により、考えた通りにはなかなか進まないものだ。
10.16年に東北大学の循環器丙科の下川宏明教授から連絡が入り、血管に着日してアルツハイマー病のモデルマウスの認知機能改善を試みているという。興味を持ち、共同研究
に携わることになった。
11.循環器内科グループの脳の血管を刺激する方法はユニークである。低出力パルス波超音波(LIPUS)を、マウスの脳全体に照射するという。LIPUSは聞欠的に超音波を照射するため、細胞や組織へのダメージが少ない。同グループはすでに狭心症や心筋梗塞などのいわゆる虚血性心疾患のモデル動物で、LIPUS照射によって、内皮型一酸化窒素合成酵素という物質が生じ、血管新生が起きることを報告していた。
12.狭心症の薬として古くから使われているニトログリセー2ンは、体内で加水分解されて一酸化窒素となって、血管を拡張する作用がある。そこで、脳血管性認知症のモデルマウスにLIPUSを照射したところ、脳の血流低下を改善することができた。マウスの行動でも認知機能の改善が認められた。
13.ヒトの家族性アルツハイマー病の遺伝子変異を有するマウスを用いて実験した場合でも認知機能は改善した。このときマウスの脳内では、アルツハイマー病特有の「アミロイドβ」という物質の蓄積が減少していた。LIPUSの利点は、体を直接傷つけないことである。同グループは6月より軽度アルッハイマー型認知症の患者を対象に、医師主導による治験を東北人学病院で始めた。
14.全18カ月に及ぶ観察期間で、安全性や有効性が確認できれば、将来的には検証のための治験の段階に進み、薬事承認の申請を行うことになる。ただ、LIPUSがどのように脳の血管新生を誘導するのかについては、まだまだブラックボックスである。同グループでは、超音波が血管内皮細胞表面のくぼみ構造(カベオラ)をのばすことで、細胞膜表面の「機械刺激受容体」というセンサーを刺激しているのではないかと推測しているが、今後の詳細な検討が必要である。
15.20世紀の生命科学は、いわゆる分子生物学的な技術で解決できる問題のみ深掘りしてきた。従って、物理.的な刺激に対して細胞がどう反応するのかについては、まだまだ未知の世界である。
16.東北大学加齢医学研究所の小椋利彦教授は、培養細胞に張力をかけると、細胞内で核の中に移動するような分子を見いだしている。小椋教授は「エクササイズピル」などへの応用の可能性を考えている。無重.力の宇宙に多数の人間が出ていく時代には、重要な基.礎研究となる。
17.注目度が上がる脳の血管は、猛暑によって影響が出ることもある。目まい、痺れ、ふらつき、など症状が出ると熱中症を疑うが、実は脱水によって血液が濃くなり、血管を詰まらせて脳梗塞になっていることもある。特に高齢者は水分摂取に気を付けた方がよい。


yuji5327 at 07:00 

2018年08月13日

サリンと同じ薬は昔からあった。カラバル豆という植物から取れる成分で、アセチルコリンエステラーゼを抑える。カラバル豆は、古代アフリカでは裁判に使っていた。


「池谷裕二著:進化しすぎた脳、講談社、2017年第34刷」は面白い。「第4章:人間は進化のプロセスを進化させる」の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.遺伝子が原因でアルツハイマー病を発症する人は全体の10%で、プレセニリンの遺伝子が悪かったかもしれないが、アルツハイマー病の90%は遺伝に関係なく起こる。その場合でも、プレセニリンというハサミでAPPが切られる。健常な人の脳でもハサミは働いている。長年かけてβアミロイドがたまって病気になるので、プレセニリンの働きを鈍らせてβアミロイドがたまらないようにすれば予防できる。プレセニリンを阻害する薬はもうできているが、このプレセニリンというタンパク質はβアミロイドを生み出すために人体に存在していない。プレセニリンはAPP以外のところで本当の役割をしている。
2.プレセニリンの働きを抑えると、ほかのより重要な体の機能に副作用が出る。APPが2ヵ所で切れるとβアミロイドがつくられる。一方のハサミはプレセニリンである。それを抑えてもβアミロイドの産生は同じように抑制される。こっちのハサミは「βセクレターゼ」というタンパク質である。
3.注目を集めている新治療法は、アルツハイマー病はβアミロイドという毒が脳にたまるから発症するのだが、βアミロイドそのものを注射するという方法である。若いころからβアミロイドを与えておくと、免疫細胞が抗体をつくって、その抗体によってβアミロイドを壊す。「βアミロイド・ワクチン法」という意外な治療法である。
4.アセチルコリンを専門に壊すハサミ、それは「アセチルコリンエステラーゼ」と呼ばれるタンパク質である。このハサミを抑制してやろうというのが、アルツハイマー病の治療の目標になった。これを抑制すればアセチルコリンは増える。研究者たちの熱意は実を結び、薬が完成した。1996年、日本の会社から世界ではじめてアルツハイマー病の薬が売り出された。
5.有名な毒、サリンはアセチルコリンエステラーゼを非可逆的に阻害するので、地下鉄サリン事件のような悲劇的な症状が出てくる。目の瞳孔を開いたり閉じたりするのはアセチルコリンで調節している。アセチルコリンが働きすぎると、虹彩がギューッと狭まって視界が暗くなる。サリン事件の被害者のなかには、光が目にあまり入ってこなくて、周囲が暗く見えるという症状が報告されている。
6.サリン事件でかろうじて助かった被害者は、頭のなかのアセチルコリンの量が上がっている。アセチルコリンは記憶に関係ある。その人たちは昔の記憶が次々に走馬灯のように思い出されて、すっかり忘れていたことまで、どんどん記憶がよみがえって、収拾がつかなくなった。アセチルコリンと記憶の関係を物語っている。
7.チョウセンアサガオの成分は、ヨーロッパでは「ベラドンナ」と呼ばれる植物にも含まれている。つまり、ベラドンナはサリンとは逆で、アセチルコリンの働きを不足させる。眼底検査をする前に、薬を注して瞳孔を開かせ薬もアセチルコリンを抑えているのだけれど、あの薬を注してしまうと、しばらくは外出できない。
8.サリンと同じ役割をする薬も昔からあった。「カラバル豆」という植物から取れる成分で、アセチルコリンエステラーゼを抑える。ハサミ酵素を抑えるということは、アセチルコリンの量が増える。カラバル豆は、古代アフリカでは「裁きの豆」と呼ばれ、裁判に使っていた。疑わしい容疑者がいて、その人が犯人かどうかわからないとき、この薬をたくさん飲ませ、中毒死したら有罪、生き延びたら無罪という判決を下す。
9.無罪の人は「どうせ自分は大丈夫だ」と思うから一気に飲み干すと、アセチルコリンの作用で気持ち悪くなって吐いてしまう。毒が体外に出るから死なない。真犯人は、こわがって少しずつ飲むから、ゆっくりと毒が作用するので吐けない。毒が体に回って死んでしまう。カラバル豆の中に入っている成分は「フィゾスチグミン」でコリンエステラーゼを抑える作用が強いから毒である。その作用点を詳しく調べて改良を重ねて完成したのが、アルツハイマー病の薬である。


yuji5327 at 06:31 

2018年08月11日

変異APPをネズミに組み込んだネズミは、生まれて数ヵ月で痴呆になった。記憶力がひどく低下しただけでなく、老人斑もできていたので、βアミロイドが原因であることがわかった。


「池谷裕二著:進化しすぎた脳、講談社、2017年第34刷」は面白い。「第4章:人間は進化のプロセスを進化させる」の印象に残った部分の概要を自分なりに補足して纏めると以下のようになる。
1.アルツハイマー病患者の中には遺伝で起こる人がいた。アルツハイマー病の全体の90%は、遺伝とは関係なく突然発生で起こる。遺伝で起こるのら、どの遺伝子が原因かを調べていけばいいので、原因の遺伝子がわかった。1991年に原因の遺伝子は染色体の21番目にあることがわかった。
2.その原因の遺伝子の名前は「APP」と言う。遺伝子に書かれている情報はタンパク質だから、タンパク質に原因があるということである。APPは、細胞膜を貫いて存在しているタンパク質だった。APPはアミノ酸が800から900ぐらい連なった、大きなサイズのタンパク質である。そのアミノ酸の配列を1個1個調べてみたら、APPのアミノ酸の一部に「βアミロイド」に相当する42個のアミノ酸が含まれていた。
3.タンパク質を「APP」と呼ぶのは「アミロイド前駆体タンパク質」のことで、アミロイドがつくられる原料になるタンパク質、という意味である。APPの切れカスがβアミロイドでこのカスが脳にたまり、神経細胞が死んで老人斑ができる。遺伝性のアルツハイマー病では、800から900個あるAPPのアミノ酸のほんのーヵ所だけにミスがある。世界にはいろんなアルツハイマー病家系があって、アミノ酸のどこが間違ってるのかは家系によって違うのだけれど、いずれにしても、アミノ酸の配列にミスがあることで、βアミロイドが切り出されやすくなって、たくさんたまってしまう。
4.正常な脳でも少しずつβアミロイドは切り出されている。人々の脳でも切り出されている。少しずつたまって、あるレベルを超えると病気になる。APP遺伝子に欠陥や変異がある患者は、βアミロイドの生み出されるスピードが速いので、若い時期(30代から40代)で早くも症状が出てくることがある。いわゆる若年性アルツハイマー病である。
5.変異APPをネズミに組み込んだ実験があった。ふつうのネズミは痴呆にならない。年をとるとちょっとは記憶力が落ちるけど、基本的に痴呆のレベルとは違う。この改造ネズミは、生まれて数ヵ月で痴呆になった。記憶力がひどく低下しただけでなく、脳を開いて見てみたら、老人斑もできていたので決定的に、βアミロイドが原因であることは明らかである。
6.問題は、遺伝性アルツハイマー病の家系は世界中に多くあるが、そのうちの1%程度しか染色体の21番目に変異はなかった。つまりAPPの異常だけでは説明できない遺伝性アルツハイマー病のほうが大多数である。APP異常以外の多くの患者でも、同じようにして遺伝子を調べていったら、ある別の遺伝子に行きついた。1995年の話だ。予想通りAPPではないほかの遺伝子がおかしかった。
7.染色体の14番目から発見された。それは「プレセニリン」と名付けられた。14番目がおかしいとわかった時点で、「プレセニリン」と呼ぶことが決まっていて、見事に遺伝子が発見された。「老人」という意味である。プレセニリンとは〈老化の前段階〉という意味である。
8.このタンパク質が発見された当初、これが何の役目をしているのか全然わからなかった。似たタンパク質をほかに探してみたら、虫の遺伝子にこれと似たものがあった。虫の精子をつくるために必要なタンパク質だった。虫といっても昆虫ではなく、線虫というミミズの小さいもので顕微鏡で見なくてはわからない。
9.プレセニリンはタンパク質を分解する酵素だった。プレセニリンは、「APP」を切るハサミである。APPは2ヵ所が切れるとβアミロイドになるが、下の方を切るハサミがプレセニリンである。遺伝性アルツハイマー病の患者では、このハサミの機能がおかしくなり、ハサミの性能が上がり、βアミロイドがたまって、アルツハイマー病になる。

htobito

yuji5327 at 06:58 
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工学博士、技術士(応用理学)、
公害防止主任管理者、
騒音防止管理者の資格で
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池上湖心 プロフィール
○略歴
大東文化大卒、
在学中 上條信山に師事
書象会に所属、書象会理事
審査会々員
○作品展の開催
・主宰している「さざ波会」
 作品展を毎年8月開催
(於:稲毛ギャラリー)
・土曜会(グループ展)
 作品展を毎年10月開催
(於:銀座大黒屋)
○公募展の受賞、入選
・日展入選
・読売書法展(現在理事)
 読売奨励賞
 読売新聞社賞
・謙慎展(現在理事)
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